【#336】多言語オンライン診療を核に、新たな外国人診療プラットフォームを構築し、すべての人が安心して医療を受けられる社会へ|代表取締役CEO 東 貴大(株式会社メディ・エンジン)
株式会社メディ・エンジン 代表取締役CEO 東 貴大
多言語に対応したオンライン診療支援プラットフォームを運営する株式会社メディ・エンジン。言葉の壁を乗り越えて外国人患者が安心して医療を受けられる社会を目指して、代表取締役CEOの東貴大氏は、医師でありながら異例の挑戦として起業に踏み切りました。今回は同氏に、外国人診療プラットフォームの展望について、さらに自身と同じく起業を志す若い世代へのメッセージなどをお聞きしました。
多言語対応のオンライン診療支援で、外国人患者を医療につなげる
事業の内容をお聞かせください
当社は『世界中の誰も取り残さず、すべての人々を救うことができる持続可能な社会の実現に貢献する』ことをモットーに、外国人向けの診療支援プラットフォームを運営しています。
具体的には、日本に観光で来ていたり、就業で滞在していたりする外国人が医療を必要としたときに、多言語対応でオンライン診療や医療機関の紹介を行うサービスです。また、それらのサービスをAI電話というツールを用いて自動化するシステムを開発しています。
サービスを利用する人の7割程はオンライン診療で対応できますが、中には実際の医療機関での治療が必要な人もいます。そうした人には「場所」「診療科目」「言語」の3つの点で最適な医療機関を紹介しなくてはなりません。
そこで、例えばある地域に滞在している中国人観光客が盲腸になれば、そこから最短距離で外科手術が行えて、尚且つ中国語に対応した病院の紹介をします。
現在はオンライン診療や医療機関紹介のやり取りを、すべてAI電話で対応できるようにシステム開発を進めています。AIを導入することで、英語、中国語といったメジャー言語だけでなく、あらゆる言語で利用してもらえるサービスにするのが狙いです。
こうした医療に関連したオンラインサービスの市場は拡大傾向ですが、当社には患者本人だけでなく、企業向けにもサービスを提供できるという強みがあります。
具体的には、外国人を雇用する企業や、旅行者として受け入れている観光事業者のためのBtoBサービスです。実際にこれらの企業からは「外国人が急病のときの対応に困っていたので、多言語の医療支援サービスに非常に助けられている」との多くのお声をいただきました。
医療分野のビジネスは専門性が高いために新規参入が難しく、医療系のBtoBサービスを提供している企業の多くは、介護などの領域に留まっているのが実態です。命にも関わる医療の分野でのBtoBサービスは、かなり新規性の高い事業だと思います。
現在はBtoBサービスをさらに拡大し、医療コンサルティングも手がけるようになりました。旅行会社やホテルで、顧客である外国人が体調不良になった場合の救急対応の指導や、医療措置に関する業務フロー構築を支援するサービスです。
加えて、外国人を雇用する企業には、その外国人労働者や家族向けの受診体制の整備支援にも取り組みたいと考えています。
BtoBの事業形態は、ビジネスとして真剣に外国人患者に向き合っている事業者の方々の間で確実にサービスを広められるので、当社では今後も力を入れていきたいと思っています。
事業を始めた経緯をお伺いできますか?
原体験となっているのは、私が医学生としてミャンマーとの国境付近にあるタイの病院に医療視察に行ったときのことです。
当時まだ国家試験を終えたばかりの状況だったのですが、現地でいきなり診察室を任されてしまい、移民や難民の人々の診察をしなくてはならなくなりました。通訳の人はいましたが、患者としては自分の症状がうまく伝えられない、私としても伝えるべきことが伝わらない、医療現場における「言葉の壁」の問題に気づかされたのです。
日本に帰ってからも東京や沖縄で外国人診療に携わりましたが、私が英語で話すだけで患者に安心してもらえることを実感しました。
医療現場における言葉の問題、外国人の医療へのアクセスの難しさを解決したい気持ちは強くなりましたが、一方ですぐに事業を始めることにはためらいがありました。
実は私は学生時代にも一度起業していて、オンライン学習塾を運営していたのです。当時まだ珍しいオンライン学習塾は京都市内で複数店舗を展開するほどには成功しましたが、全国展開には至りませんでした。これはひとえに、私自身に事業の規模を大きくする経営のビジョン・事業戦略構築スキルが不足していたことが原因です。
今起業しても前回と同じ轍を踏むことになると考え、一念発起して医師を辞めて、まずコンサルティングファームへの転職を決意しました。そこでビジネスの規模を拡大するにはどうすればよいのか戦略を学び、経営の修行をしっかりと積んでから、現在の外国人向けの診療支援サービスを立ち上げました。
意思決定の軸になるのは、自分が納得できるかどうか
仕事におけるこだわりを教えてください。
仕事における意思決定では、必ず「自分自身が納得できるかどうか」を軸にしています。どれだけ良いアイデアに見えても納得できなければ実行しませんし、反対に周りから反対されても、私自身がそのアイデアの価値を理解できれば思いきって挑戦します。
自分自身の納得に強くこだわるようになったのは、実は高校時代の進路決定で今も後悔していることがあるからです。自分では当初から医学部に進みたいと思っていたのですが、両親の希望は別のところにあり、当時の私は親に従う道を選んでしまいました。人生の重要な局面で自分の意志を貫けなかったことを、大きく後悔しています。
その経験が転機となり、「絶対に自分自身が納得したうえで決めたい」という軸ができました。また、上述したオンライン学習塾の起業にも繋がりました。
これは、他の人から出されたアイデアについて判断するときにも役立つ判断基準です。例えば一生懸命考え抜いて案を出してくる人もいれば、AIに任せて手軽に済ませてしまう人もいます。
それに対して私自身が「納得したい」という気持ちで、「どうしてそれが良いと思うのか」を質問して掘り下げていくと、表面的なものと、本人の真剣な思いから生まれたアイデアとを選別できるようになるのです。
ちなみに、どんなアイデアなら納得できるのかというと、1つは「理論的に筋が通っていること」、そしてもう1つが「面白いこと」です。挑戦するのであれば、どんなときも心がワクワクするアイデアに挑みたいと思っています。
起業から今までの最大の壁を教えてください
今に至るまではまさに壁の連続で、振り返ってもどれか1つだけ選ぶのは難しいのが正直なところです。
あえて一例を挙げるのであれば、求める人材の確保は常に課題としてありました。私は多方面にアプローチするよりも、ここと狙いを定めた人達に熱量をもってアプローチするタイプなのですが、最終的には周囲の人達に縁をつないでもらうことが多かったと思います。
例えば、私が非常勤として勤務している大学病院の主任教授から学生さんを紹介してもらったり、コンサルティングファーム時代の上司からスタートアップの事業戦略に詳しい方を紹介してもらったりと、いつも誰かに助けられて求める人材と出会うことができました。実際、今では優れた人材が集まっていることが当社の強みの1つになっています。
これだけ能力の高い人材を見つけるのは、紹介してくださる方にとっても簡単なことではなかったはずです。私はこれまでどの仕事にも熱中して真剣に取り組んできましたが、そうやってそれぞれの場所で築いてきた信頼が、今のご縁につながっているのだと思います。
社会を変えたい、その思いで進み続ける
進み続けるモチベーションは何でしょうか?
原動力になっているのは、私が尊敬する1人のベトナム人医師の言葉です。その人に教わったのが「上医は国を治し、中医は人を治し、下医は病を治す。」ということでした。
つまり、本来医師とは単に病気を治すだけでなくて、社会環境も含めて患者の状態の改善を目指すべきで、さらにはシステムそのものを改革することで社会全体をより良い方向へと進めなくてはならないという考え方だと理解しています。
私は医師としてこの言葉に感銘を受けて、常に社会を変えるために努力してきました。医療現場にも様々な課題がありますが、それらに対する不満を不満で終わらせず、自分自身がシステムから変えていかなくてはならないと胸に刻んでいます。
世の中には経済的な成功を重視する人もいますが、どれだけお金を稼いでも死ぬときにお金を持っていくことはできません。人生の最後には、自分がどのような社会を築いたかが重要になると思います。自分がこの世を去るその瞬間、「私の愛する人が、私がいなくなった後も、私が良いと信じる世界で生きていける」と心から思えるようにありたいのです。
医師の仲間にも、お金を稼ぐよりも医療の発展に尽くしたいと、大学病院で研究を続けている人、臨床の最前線で頑張っている人がいます。周りにいるのがそうした信念を持って行動している人達ばかりであるため、私自身もそのような気持ちに駆り立てられるのだと思います。
社会に何を残せるか、それが私の最重要論点であり、モチベーションの源泉になっています。
今後やりたいことや展望をお聞かせください
まずは、弊社の外国人診療のプラットフォーム構築を完成させたいという想いが強いです。現在の計画では5年計画で、サービスの国内・海外展開、AI電話開発を進めていますが、資金調達も視野に入れて活動を加速化させていきたいと考えています。
また当社は、冒頭のモットーにもあるように外国人のみならず『すべての人々』を救える世の中を目指しています。こうした想いから、今後は都市と地方の医療格差にも取り組みたいと考えています。
実は都市部と地方との医療格差は、外国人患者の言葉の壁よりも深刻な場合があります。満足な医療サービスが受けられない地方に住んでいて、さらに手助けしてくれる家族もいない高齢者の方にも何らかの支援が必要だと考えています。弊社は、デジタル×医療に強みがあり、デジタルの力で貢献していきたいと考えています。
ただし、そうした状況にある高齢者の方はデジタルツールに不慣れで、支援プラットフォームを整えたとしても、そこにアクセスすること自体が困難でしょう。地方の高齢者の方を救うためには、まず人が支援に入ってAIのシステムなどへ繋げる仕組みづくりが必要だと考えています。
また、私のもう一つのライフワークである健康経営の推進にも取り組む予定です。一般社団法人 日本健康経営専門医機構というものを立ち上げ、健康経営に興味のある医師だけでなく医療関係者・企業のお勤めの皆様を対象に、実践的な健康経営を学べる場の提供、その学びの資格化、有資格者の活躍の場の提供を行っていく予定です。こちらは2025年4月より会員の初回募集を行う予定です。
様々な取り組みを同時並行させていますが、「医療」をもっと多面的に捉え、より多くの人を救うことが私の目標となっています。
起業までの準備期間は2年、その間に不足スキルを身に付ける
起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします
やりたいことが明確になっていて、一緒に取り組む仲間もいる人は、一日も早く起業家としてのスタートラインに立ってほしいと思います。このアドバイスの背景には、私の経験から得た示唆で科学的な根拠は全く無いのですが、人は何かを捨てることで何かを得るもの、という考えがあります。
何か新しいことをする際に様々な言い訳が浮かんでくると思います。それらを一つ一つ解決していくこともスタートラインに立つ上では重要です。例えば、資金面で不安がある場合は、東京都など都道府県単位で起業支援制度が充実していることが多く、自己資金は最小限にして起業することが可能です。それらの補助金や助成金をうまく活用することも可能です。
一方で、起業したいとは考えているけれど、まだ事業内容が明確でなく、仲間も集まっていない状況の人もいるでしょう。そうした人たちにおすすめしたいのが、起業までの準備期間を2年間と定めて、自分に不足しているスキルを身に付けることから始めることです。
実際に私も今の会社を立ち上げる前に、コンサルティングファームで働いていました。それは、成功するためには自分自身に事業戦略の構築等の経営スキルが不足していると考えたからです。「起業するときには、こういう人間になっていたい」という理想像を描いて、それに対して現時点で不足しているスキルを補っていって欲しいと思います。
とは言え、どれだけ準備をしても完璧な状態で起業に臨むのは難しいでしょう。起業のタイミングを後ろ倒しにしてしまわないためにも、2年でしっかりと区切りをつけることも大切です。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
起業家データ:東貴大 氏
学生時代にオンライン個別指導塾創業・代表取締役社長、大学卒業と同時にNPO法人に事業バイアウトを経験。沖縄県立中部病院、順天堂大学で卒後研修。PwCコンサルティング合同会社 Strategy&で経営戦略コンサルタントとして勤務。現在は、株式会社 メディ・エンジン 代表取締役C.E.O.(https://mediengine.jp)、一般社団法人 日本健康経営専門医機構 代表理事(https://jhba.org)、さくらオンラインクリニック院長(https://sakura-online-clinic.com)
企業情報
法人名 |
株式会社メディ・エンジン |
HP |
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設立 |
2024年 |
事業内容 |
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沿革 |
2024年3月 会社設立 2024年7月 社外CTOに倉橋一成氏 就任 2024年10月 令和6年度 島根県ヘルステック補助金採択 |
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