【#491】誰も一人にしない。性感染症相談プラットフォームと検査キットで全国に支援を届ける|代表取締役 藤澤 美香(Health Connect株式会社)

Health Connect株式会社 代表取締役 藤澤 美香
Health Connect株式会社は、「誰も一人にしない」を理念に、性感染症に関する課題解決を目指した事業を展開する企業です。いつでも安心して相談できるオンライン環境を提供する性感染症プラットフォーム開発と、自宅で手軽に検査できる性感染症検査キットを販売しています。今回は、代表取締役の藤澤美香氏に、事業立ち上げの背景やサービスの特徴、そして今後の展望について詳しくお聞きしました。
自らの経験から生まれた、性感染症相談の新しいプラットフォーム
事業の内容をお聞かせください
性感染症に関する不安や悩みを、匿名で気軽に相談できるプラットフォームを運営しています。性感染症は細菌やウイルスによって起こり、近年では耐性菌の出現により治療薬の選択肢が限られてきています。
たとえば淋菌では経口薬が効かず、注射のみが有効ですが、この事実はあまり知られていません。患者数が多いにもかかわらず薬の開発が進まない背景には、製薬会社における対象者募集の難しさや治験のハードルがあります。
そこで、性感染症に悩む人同士が経験や情報を共有できる場をつくり、集まったデータを治験に活かしたり新たな薬の開発につなげる世界を目指しています。
現在は、病院に行くのがためらわれる方のために、性感染症の検査キットを販売しています。病院と同じ検査キットをご自宅や指定場所に郵送し、返送いただいた検体を臨床検査会社が検査します。
配送先や名前は自由に設定でき、匿名での購入も可能です。結果はメールや電話でお伝えするため、他人に知られずに検査ができます。利用者は大学生から30代までが中心です。この年代は妊娠や出産を考え始める時期なので、将来に関わる健康リスクを減らすことが大切です。
たとえば、不妊症の約3割は卵管閉塞が原因で、その9割以上がクラミジア感染によるものと言われています。多くは無症状で進行するため、定期的な検査が重要です。
この事業は、私自身が性器ヘルペスを発症した経験がきっかけです。そのとき、パートナーに誤解させずに説明できるのかという心配や、誰かにうつしてしまったかもしれないという不安を一人で抱え込んでいました。
この経験をSNSで発信すると、同じような悩みを持つ方から3,000件以上の相談が寄せられました。医療従事者である私の医療的知見と、当事者としての経験、その両方を持つ立場だからこそできるサポートがあると感じました。
今後は、自由診療のクリニック開設も検討しています。性感染症は検査結果が出るまで時間がかかることも多く、本人としては今この状態をなんとかしたいと思って病院に来られます。
そのため、検査と同時に薬を提供し、結果が陰性であれば服薬を中止する形で進めたいと考えています。匿名受診や保険証不要にも対応し、夜間診療で、学校や仕事終わりでも来院できる環境を整えたいです。
性感染症は、もっと身近な健康課題として捉えてほしいです。性交渉の経験があれば誰でも感染する可能性があり、特別なことではありません。
日本では若者が気軽に受診できるユースクリニックのような行政サービスがまだ少ないため、私が展開することで行政にも働きかけていけたらと思っています。
事業を始めた経緯をお伺いできますか?
私自身が性感染症を経験したことです。
薬の選択肢が限られている現状に疑問を持ち、このウイルスは根本的に治せないのかと調べたところ、海外でラットの実験が終わった段階であり、実用化はまだ遠いことが分かりました。
そこから、どうすれば製薬会社が動くのかと考え、この領域で行動する決意を固めました。
当初はビジネスとして成り立つのかも分からず、株式会社の仕組みすら知らない状態でしたが、ビジネスコンテストに応募したところ全国大会まで進出しました。大会後に投資家から声をかけていただき、これは事業として成立するかもしれないと感じ、起業を決めました。
性感染症は表面化しづらい一方で、私が医療現場で知ったのは、婦人科を受診する方と同等数の患者が存在する事実です。私自身、数百人しかフォロワーがいない状況でも3,000件もの相談が寄せられ、この領域には大きな潜在的ニーズがあることを実感しました。
厚生労働省の報告やWHOの動向とも照らし合わせ、日本だけでなく世界の人を救える事業にしていきたいと考えています。
この分野で株式会社として取り組む会社はほとんどなく、ないなら自分が作ろうとの思いで事業を始めました。自分自身が感染症を経験し検査を徹底していることもあり、足を踏み入れることにためらいはありませんでした。
起業後、ビジネスコンテストをきっかけに地域や全国紙で紹介された際、母から「性病の娘がいることが恥ずかしい」と言われ、当時はショックでした。しかし、性感染症の説明やニュースを通じて理解が深まり、母の考えも変わっていきました。
身近な意識の変化を目の当たりにし、性感染症は恥ずかしいものではなく、放置すれば深刻化する可能性があることを社会に広めていきたいと思うようになりました。性教育も含め、正しい知識の普及を進めていきたいと考えています。
絶対に一人にさせない。壁を糧に全国展開へ
仕事におけるこだわりを教えてください。
メディアへの露出には積極的に取り組み、先陣を切って事業の存在を広めていくことを大切にしています。
ただ、ビジネスコンテストなどで有名になっても事業が伴わないスタートアップも少なくありません。私自身がそのように言われるのは悔しいので、一刻も早くクリニックや今の事業を全国展開しなければと思っています。
現在はエンジニア1人が開発を担っている状況ですが、将来的には人員を増やし、資金を循環させながら確実に事業を前進させていこうと踏ん張っています。
また、私は「絶対に一人にさせない世界をつくること」をミッションとして掲げています。否定的な言葉を投げかけられることがあっても、向き合い続けることで本音を話してくれる方もいます。どんな言葉を受けても、一人ひとりと真剣に向き合う姿勢は変えません。
放置しないことは、私にとって何より大切な姿勢です。プラットフォームに来てくれた方は、全力で受け止め、安心して話せる場所であり続けたいと思っています。
起業から今までの最大の壁を教えてください
一番つらかったのは、起業初期の組織崩壊です。ビジネスコンテストで、この事業は1人ではできないと言われたことで、SNSでメンバーを募集し数名が参画してくれました。偶然出会ったエンジニアも含めて、共感してくれた人たちとチームを立ち上げました。
しかし、当時の私はトップとしての経験も知識も不足していました。誰に何を任せるのかも明確にできず、「とりあえずみんなで頑張ろう」という状態で進めてしまったのです。
メンバー全員が性に対して思いを持っていましたが、その方向性はバラバラで、ミッション・ビジョン・バリューも固まっていませんでした。やがて足並みが揃わなくなり、1on1のたびにメンバーが離れていき、最終的にエンジニアと私の2人だけになりました。
その時は資金も人もなく、まさにゼロの状態でどうすればいいのか分からなくなりました。
自分だけでは限界だと感じ、先輩起業家のもとを訪ねて助言を求めました。事業の全体像から逆算し、何をどう進めるべきかを細分化する方法を学び、作業の優先順位や進め方を見直すきっかけになりました。
現在は、私と看護師1名、エンジニア1名の体制で事業を進めています。加えて、投資してくださっている先生方にも協力いただきながら進めています。
全年齢が安心して相談できる環境を、日本から世界へ
進み続けるモチベーションは何でしょうか?
この事業は自分自身のことでもあるため、いつまでも進み続けられます。ヘルペスは本当に辛く、痛みを伴う病気です。治せる世界を実現するまでは、やめる理由がありません。
患者をゼロにすることは難しいかもしれませんが、悩んでいる人がいる限り、やらなければと思います。泣いている人がいるなら、その人が笑顔になるまで続けたい。それが私の原動力です。
感謝の手紙をいただくこともあり、大切にしています。印象的だったのは、新聞記事を見てどうしても連絡を取りたいと記者を通じて、電話をくださった80代の女性です。
お見合い結婚をされ、30代で出来物ができ、オロナイン軟膏で過ごしてきたそうです。後にがんを患い抗がん剤治療で免疫が落ちた際、初めて医師からヘルペスと診断されました。以降、再発を繰り返し、薬でもコントロールできない状態になってしまいました。
旦那さんからうつったのかもしれない、もしかすると浮気をしていたのかもしれないとの疑念を抱きながら、仏壇に手を合わせることさえ辛いと話してくださいました。長年、誰にも言えずに抱えてきた思いを打ち明けてくれたのです。
これまで若い世代を対象にしてきましたが、悩んでいるのは若い人だけではないことに気付きました。これからは、全年齢を対象に支えられる存在でありたいと思っています。
今後やりたいことや展望をお聞かせください
toCについては、治療や検査を安全・安心に、いつでも受けられる体制を整えたいと考えています。病院のハードルを下げ、「いつでもおいで」と言える場所をつくりたい。そのためには、常に治療が可能な薬を開発し続ける必要があります。
さらに、日本で開発した薬を海外に展開したいとの野望もあります。現在、製薬会社は外資が多く、性感染症の研究も海外が中心です。日本発の医療産業を世界に広げ、国を豊かにする可能性を追求したいと考えています。
私自身、常に最適解を提示できるわけではありません。だからこそ、利用者や経験者など多様な人を巻き込み、誰が来ても受け入れられる体制づくりが私の役割だと思っています。
将来的には、保険の窓口のように「とりあえず相談」に来られるプラットフォームを目指し、病院や検査、適切なサポートへとつなげたいです。今は性感染症が中心ですが、将来的には性の悩みや、いじめにつながりかねない相談など、領域を広げることも視野に入れています。
その際は、性産業関連企業や製薬会社などと連携し、エビデンスのある安全な製品・サービスだけを扱いながら、啓蒙活動を含めた取り組みを進めていきたいです。
先に始めた者が勝つ。だから今、動く
起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします
起業したい思いがあるなら、迷わず始めてほしいです。起業してからがスタートなので、考えてばかりで動かないより、まずは踏み出すことが大切です。やってみて初めて見えることも多く、途中で方向転換することも珍しくありません。
私自身、株や資本金のことも分からないまま司法書士にお願いし、会社を設立しました。キャリアとして起業を目指していたわけではありませんが、相談が増える中で「この人たちを救いたい」と強く思うようになり、翌年には起業していました。
誰よりも先に始めた人が勝てると信じています。起業したら、一緒に頑張りましょう。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
起業家データ:藤澤 美香 氏
順天堂大学医療看護学部卒業後、日本赤十字社医療センターに入職し、救命救急センターに4年間従事。その後大学病院に転職し、HCUや循環器、コロナ病棟・発熱外来を経験し心不全療養指導士を取得。2022年8月にHealth Connect株式会社を設立。
企業情報
法人名 |
Health Connect株式会社 |
HP |
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設立 |
2022年 |
事業内容 |
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