
DFree株式会社 代表取締役 中西 敦士
超音波を用いて人体の内部をモニタリングできる、世界で始めてのウェアラブルセンサー「DFree」。人体に無害で長時間のモニタリングが可能という、この画期的技術を実現したのがDFree株式会社です。今回は代表取締役の中西敦士氏に、この事業を始めた経緯や今後の展望についてお聞きしました。
無害な超音波で、膀胱内の尿量をモニタリング
事業の内容をお聞かせください
弊社は「DFree」という、膀胱の状態をモニタリングするウェアラブルセンサーを提供しています。「DFree」とはDiaper Free、つまり「オムツ要らず」という意味で、膀胱内の尿の量からトイレに行くタイミングを知らせるのが、主な機能です。
センサーは身体に負担が無いよう、約20gと非常に軽量になっています。肌に触れる部分には医療用テープを使用し、お腹にシールを貼るだけで簡単に装着可能です。
「DFree」のセンサーには超音波を使用しているため、身体に害を及ぼすことなく内部をモニタリングできます。超音波を用いたウェアラブルセンサーの製品化というのは、世界でも他に例がありません。この画期的な技術は、今後高齢化が進む社会において非常に重要であると考えています。
60歳以上の高齢者で、尿漏れや頻尿といった排泄トラブルを抱えている人の割合は78%に上ります。また、介護施設においては、排泄介助が最も労力がかかるとされているため、「DFree」の導入は介護職の方々の負担軽減にも繋がるのです。
さらに使用済みの紙オムツというのは、日本のすべてのゴミの中で4%から5%を占めており、2030年にはこれが7%にまで増加すると言われています。「DFree」の活用でオムツの使用量が減れば、地球環境にも大きく貢献することになります。
「DFree」の事業は介護施設向けと個人向けの2つに分かれています。介護施設向けのサービスは、利用者の排泄の状況を一覧で確認できるのが特徴です。現在介護施設ではDXが進んでおり、先に導入されている睡眠モニタリングシステムなどのUIに「DFree」の情報を組み込み、簡単に操作・閲覧できるようになっています。
これまでは現場の介護スタッフの感覚だけでトイレ誘導が行われていて、大規模な施設では複数の利用者を手が空いたときにまとめてトイレに連れて行くしかないという状況でした。当然トイレのタイミングが合わず、せっかく連れて行っても空振りに終わり、後から漏らしてしまったり、ナースコールを何度も鳴らされたりといったトラブルが絶えませんでした。
「DFree」があれば個々の利用者の排泄のデータを分析し、パターンを可視化することも可能になります。そうして排泄介助のオペレーションを最適化できれば、全体のケアの質の向上に繋がるでしょう。
個人利用に関しては、主に在宅介護や、発達障害など障害のあるお子様のトイレトレーニングをサポートする目的で使用されています。今は膀胱をモニタリングして尿を管理することに集中していますが、今後は便も管理できるよう、さらに機能を発展させた新製品を開発する予定です。

事業を始めた経緯をお伺いできますか?
青年海外協力隊でフィリピンに行き、現地の農家の収入を上げるというプロジェクトに参加しました。ここでマニラ麻を使ったジーンズを開発したのですが、従来のものよりずっと軽く耐久性のある商品ということで、現地の人たちに非常に喜ばれました。
このときの「新しいものを作って、相手に喜ばれる」という経験は、今の事業の原体験にもなっていると思います。
そのままフィリピンと日本の間で事業を始めてもよかったのですが、当時はiPhoneが世間で話題になっていたこともあり、「本格的に起業するならシリコンバレーに行くべきだ」という考えがありました。そこで、まずは起業の本場であるアメリカに留学することにしました。
アメリカでは現地企業のインターンシップに参加していました。実は、アメリカ滞在中に私自身が便を漏らしてしまうという強烈な経験をしたのです。精神的に辛い出来事でしたが、「もう二度と漏らしたくない」と強く感じたことが、「DFree」のアイデアが生まれるきっかけになりました。
そのアイデアでまずはクラウドファンディングに挑み、それが記事に取り上げられたことが、私にとって大きな転機になります。それというのも、その記事が注目されて世界中に拡散され、各地から「その製品を早く届けて欲しい」という声が集まってきたのです。
あるアメリカのノースカロライナ州に住む一家は、ドライブ中に家族でラジオを聞いていて、我々の製品のことを知ったとメッセージを送ってきてくれました。
その家の息子さんは脊髄二分脊椎症という、便意が鈍くなる病気を患っていて、小学校で漏らしてしまったせいで酷いいじめに遭ったというのです。それ以来学校に行けなくなってしまったのですが、「このウェアラブルセンサーがあれば、また学校に行けるかもしれない」と、家族みんなで涙を流して喜んだと話してくれました。
その家族の話は、そんなに苦しんできた人達がいるのかと、強く心を動かされたエピソードです。以来10年間「困っている人達に早く届けたい」という思いだけで、ずっと走り続けています。

「顧客の課題解決」という原点に立ち返る
仕事におけるこだわりを教えてください。
常に「誰の何の課題を解決するための事業なのか」という原点に立ち返ることを、大切にしています。顧客の課題解決という原点に向き合うことが、私の仕事の軸です。
その点は社内のメンバーにも伝えており、「主人公はお客様」と全体で共有しています。目指すのは「顧客の課題解決につながることであれば、誰でも、どんなことでも実行できる組織」です。そのため、ピラミッド型のヒエラルキー構造の組織体制ではなく、一人ひとりが自律的に事業を運営していくホラクラシーに近い組織経営を行っています。
もちろん、成果が伴わなくては、組織として存続していくことはできません。高い目標を掲げて、チーム全体でそれを達成していくという心構えで仕事に臨んでいます。
起業から今までの最大の壁を教えてください
立ち上げて間もない会社の経営者は、いつでも壁に直面しています。起業にはトラブルがつきものですが、最終的にはどれも「資金」と「人」という2つの問題に集約されると思います。
起業してからこれまで、何度も資金調達の壁を乗り越えてきました。ただ、それ以上に大変だったのは、「人」の問題です。弊社ではこれまでに多くの方々が離れていきましたが、優秀なエンジニアを連れて退職したこともありました。
結局のところ、お金と人の問題さえクリアできれば、いずれは正解にたどり着けます。プロダクト開発に関していえば、すべてが手探りで容易ではありませんでしたが、その過程には楽しさもありました。
世の中にある排泄の課題を「DFree」で解決できることは分かっていましたから、早く必要としている人のところに届けたいという一心で、熱意をもって取り組むことができました。
おかげさまで「DFree」の認知度は高まってきています。これからは「どう使うか」「どう課題を解決するか」を伝えていけるように、ユーザーと丁寧にコミュニケーションをとっていきたいと考えています。

排泄について悩んでいる世界中の人に、1日も早く届けたい
進み続けるモチベーションは何でしょうか?
排泄について悩んでいる人は、世界中にいます。その人たちに、1日でも早く我々の商品を届けたいという使命感が、私の原動力です。
そして実際に「DFree」を使っていただいた方の喜びの声を聞くことが、この仕事の何よりのやりがいになっています。我々は「グッドストーリーチャンネル」という形で、こうしたお客様のエピソードを紹介させていただいています。
「人生で初めてトイレに成功した」「もう諦めかけていたけれど、祖母が3年ぶりに自分でトイレに行けて笑顔になった」といったお声を聞くのが、心から嬉しいのです。
こういったグッドストーリーを「もっと聞きたい」という気持ちが、全メンバーのモチベーションに繋がっていると思います。
今後やりたいことや展望をお聞かせください
短期的には、医療の領域へのアプローチを予定しています。より上流の部分で「DFree」を使用してもらえれば、重症化の予防に繋がるでしょう。
また、新しいプロダクトとして、装着しなくても膀胱の状態が分かる技術を開発したいと考えています。イメージとしては、ビームのようなもので身体の内側を調べる手法です。
そして長期的な計画としては、「DFree」の技術を活用した、新たなヘルスケアマーケットの創出を目指しています。
超音波を活用したウェアラブルセンサーというのは、世界でも我々だけが実用化に成功している技術です。体に害がなく、長時間体内をモニタリングできる唯一の技術であることを強みとして、今後はヘルスケアのマーケットに進出を予定しています。
膀胱や大腸だけでなく、他の臓器も簡単にモニタリングできるようになれば、不調を感じたときに本当に病院に行く必要があるかどうかが分かります。このように、より高度な日々の健康管理を各家庭で実現できれば、ヘルスケアのマーケットは大きく広がるでしょう。

時代は変わり、今は起業にも慎重な判断を
起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします
昔は「起業の意欲があるなら、とにかく挑戦するべきだ」と思っていました。ただ、今では起業に対して、より慎重になるべきという考えに傾いています。
以前はアプリやゲームの開発で簡単に起業ができましたが、時代は今やAI、量子コンピューターの時代です。誰でもが手軽に事業を立ち上げられる状況ではなくなってきているため、起業の前に経営のプロに相談をしたほうがいいと思います。起業家の先輩や、ベンチャーキャピタリストに会いに行き、まずはアイデアをぶつけてみることが大切です。
起業は一度踏み出したら、あとは覚悟を決めて進むしかありません。決断する前に、起業の目標やそこに至る道筋など、しっかりと考えてみてください。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
起業家データ:中西 敦士 氏
慶應義塾大学商学部卒。大手企業向けのヘルスケアを含む新規事業立ち上げのコンサルティング業務に従事。
その後、青年海外協力隊でフィリピンに派遣。2013年よりUC Berkeleyに留学し、2014年に米国にてTriple Wを設立。2015年にDFree株式会社を設立。
企業情報
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法人名 |
DFree株式会社 |
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HP |
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設立 |
2015年2月18日 |
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事業内容 |
排泄の悩みや負担を軽減するソリューション『DFree』の企画・開発・販売 |
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