【#567】月面探査の事業化を実現。超軽量・小型月面探査車「YAOKI」がつくる新市場|代表取締役CEO兼CTO 中島紳一郎(株式会社ダイモン)

株式会社ダイモン 代表取締役CEO兼CTO 中島紳一郎
月面探査車「YAOKI(ヤオキ)」の開発・運用を行う株式会社ダイモン。一般的に約5kgある月面探査車をわずか0.5kgまで軽量化し、過酷な月面環境で走行・撮影・通信を実現する独自技術を確立しました。月面探査を成功させ、事業化へとつなげた代表取締役CEO兼CTOの中島紳一郎氏に、事業化の背景や開発へのこだわり、今後の展望などについて詳しくお話を伺いました。
0.5kgの探査車が切り開いた月面探査の事業化
事業の内容をお聞かせください
月面探査車「YAOKI」の開発をしています。
特徴は、従来の探査車と比べて大幅な軽量化を実現した点です。一般的に月面探査車は約5kgですが、当社の機体は約0.5kgに抑えています。走行性能、極低温環境への耐性、通信機能など、探査車として必要な要素を維持しながら軽量化を実現しました。
軽量化を重視した理由は、月面輸送にかかる費用です。宇宙への輸送の相場は、日本円で1kgあたり約1.5億円と、個人規模の開発体制では負担できる金額に限りがありました。そのため、探査車を0.5kg以内に収める必要があると判断し、無駄をひとつずつ取り除き、合理的な形に辿り着きました。
探査車の開発には約10年を費やしてきました。その間は、技術連携ができる企業とパートナー契約を結び、広告宣伝にとどまらず、互いの開発に相乗効果が生まれる形で支援を受けてきました。
今年、月面探査を成功させたことで、技術の実証ができました。今後は探査車を提供するメーカーとして事業を広げる方針です。さらに、次回以降の月面探査では取得したデータの提供にも取り組みます。
技術パートナーシップ、探査車の販売、月面データ提供の三つを事業の軸として広げていきます。

月面探査が事業化した背景について教えてください
月面探査が事業として成立するようになった背景には、NASAが月面探査の多くを民間に委託する方針へと転換したことがあります。これまでの宇宙開発は、アメリカでは NASA、日本では JAXA など、各国の宇宙機関が中心となり、その予算のもとで民間企業が下請けとして関わる構造でした。
現在はその枠組みが変わり、予算が直接民間企業に入る形になっています。アメリカのロケット開発ではすでに民間企業が中心となって成果を上げており、月面探査でも同じ流れが進んでいます。着陸船をつくるのも民間企業で、着陸後に活動する探査車も民間企業が担う時代になりました。
月面開発ではアルテミス計画が中心にあり、日本は協定を最初期に結んだ国のひとつです。日本の民間企業が参加できる枠があり、当社もその中で開発に取り組んできました。今年、月面探査を成功させたことで、実際に事業として成立させる準備が整いました。
事業を始めた経緯をお伺いできますか?
子どもの頃からものづくりが好きで、自動車開発メーカーに勤務していました。
東日本大震災の日に退職を決意し、それまでの自動車の開発で身につけたスキルを活かして何ができるか考えました。 地上の自動車の次は宇宙の自動車だと考え、月面探査車の開発に踏み出すことにしたことがきっかけです。
退職を決めた理由は2つあります。
一つ目は、自動車開発では「走り」を極める領域を担当していたことです。リーマンショックを境に、自動車づくりの方向性が変わり、それまで重視されていた性能向上よりも、価格の手頃さ、デザイン、燃費の三大要素が重視されるようになりました。開発資金もそちらに向かい、自分が得意としてきた分野とのずれを感じたことが理由になります。
2つ目は、大企業の構造です。自動車業界は役割分担や階層が明確で、裾野の広いサプライチェーンの中で動く仕組みになっています。その環境は、個人で自由に動きたい自分の性分とは合わないと感じたことが、独立を選んだ理由です。
月面探査車だけを手がける会社は日本では当社だけで、世界でも数社ほどです。月面ミッションがまだ具体的に見えていない時期から「10年後にこの領域が来る」と考え、早い段階で準備を始めました。

99.9%の精度を追い続ける
仕事におけるこだわりを教えてください。
自動車も月面探査車も、不備があれば人命に関わります。設計不良は絶対に起こしてはいけないため、ものづくりを徹底的に突き詰める姿勢が欠かせません。
月面探査車は宇宙の厳しい環境で動き、誰も行ったことがない場所に向かいます。機体の精度をどこまで高められるかが非常に大切で、この点は妥協できません。
一般的には、全体の8割ほど仕上がれば大きく形になり、9割まで整えば次の工程に進むのが合理的だと言われます。ただ、月面探査車の場合、その1割の不足で機能しなくなる恐れがあります。
たとえば90%まで仕上げる時間を1とすると、そこから99%にするまでにも同じだけ時間がかかります。さらに99%から99.9%へ引き上げる際にも同じ時間が必要になります。外から見れば大きな差がないように感じるかもしれませんが、私としては99.9%に到達してようやく「極めた」と言える実感があります。
価値を高める必要があるものは、徹底して精度を突き詰めることで、最終的に意味のある存在になります。合理性だけを求めれば誰でもつくれる時代ですが、自分の特徴を出したい、爪痕を残したいと思う場合には、99.9%を目指します。
可能な限り100%に近づけることが、ものづくりに向き合ううえでの私の好きなスタイルです。
起業から今までの最大の壁を教えてください
事業を始めて5年ほどは困難を感じていました。
当時は月面に向かう計画がなく、私が想定していた「10年後に月面探査が始まる時代」が本当に訪れるのかが見えませんでした。5年間積み重ねてきたものを手放すこともできず、確証のないまま進み続ける状況は精神的に大きな負担でした。
資金面では、技術パートナー探しも苦労した部分です。月面に挑戦する企業は少なく、共感して支えてくれる相手は100人に1人ほどの感覚でした。現実性がなく事業にならないと言われる場面も多く、最終的には耐え抜く力が求められたと感じています。
開発面では、軽量化の作業が想像以上に厳しいものでした。一つの部品や寸法を何日もかけて見直し、何十回も繰り返す地道な工程の連続です。従来比10分の1と表すことは簡単ですが、従来に存在しないものをつくるため、否定的な意見もたくさん受けました。
自分の信念を通すのか、他者の意見を受け入れるのか、その間で葛藤が続きました。

好きと使命感で切り開く、宇宙時代の展望
進み続けるモチベーションは何でしょうか?
一言でまとめるなら、好きだからだと思います。
私はものづくりが得意ですが、起業すると不得意な分野にも向き合う必要があります。財務や営業、会計などは得意ではありませんが、自分の好きなことを軸に事業を進めていれば、苦手な領域も自然と取り組めるようになります。
やりたいことのために必要な作業であれば、嫌だと感じる気持ちが薄れます。
もう一つは、歳を重ねたことで芽生えた使命感です。「自分が好きなもの」だけではなく、「人生を使う価値があるかどうか」という視点が強くなりました。極端に言えば、命をかけても取り組む価値があると感じられるかどうか。その感覚があると、進み続ける力がさらに強くなります。
好きな気持ちだけでは3年ほどで興味が薄れてしまう感覚があります。4年以降、10年、20年と続けていくには、「これは取り組む価値がある」と自分の中で納得できるかどうかが重要です。
好きであることに加えて、自分がやるべき対象だと実感できるもの。この2つが揃っていることが、続ける力につながっていると感じています。
今後やりたいことや展望をお聞かせください
まずは、5年以内に月面にYAOKIを100基送り込み、地球からリモート操作できる環境を整えることが目標です。
操縦権を開放すれば、多くの人が操作に参加できます。100基が稼働すれば、およそ1000万人ほどが操縦できる計算になり、アバターロボットとして活用することで、自分自身が月に行った感覚を得られます。
5年以内に、アバターロボットを使った月面旅行が当たり前になる時代を実現したいと考えています。その頃には事業としても大きく成長しているはずです。次の挑戦として、10年以内には木星に向かいたいと考えています。
教育面での取り組みも広げていきたいです。イベントではYAOKIを操作できる体験を提供し、子どもたちに自由に操縦してもらっています。将来的には「宇宙操縦士」という新しい職業を目指せる環境づくりを進めたいです。
宇宙飛行士は募集の機会が限られ、採用人数も非常に少ないため、現実的な職業選択としては狭き門です。一方で、月にあるロボットを操作する仕事であれば、より多くの人が目指せる可能性があります。
また、地上での新しい事業も動き始めています。月面探査を終えるまでは地上ロボットの依頼はすべて断っていましたが、今は取り組める状況になりました。廃炉点検ロボット、配管点検ロボット、天井裏点検ロボットなど、地上には明確な課題があり、需要も大きい領域です。
インフラやビルの老朽化が進む中、ロボットによる点検の重要性は今後さらに高まります。ここからは、宇宙と地上の両面で事業を広げていきたいと考えています。

挑戦に年齢は関係ない
起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします
自分が強烈に好きだと思えるものを選ぶことが大切だと考えています。「人生をかけてもやる価値がある」と思えれば、起業に踏み出して良いと思います。一方で、ただ好きという段階であれば、気持ちが深まるのを待つ選択もあると思います。
私は40代半ばに起業しました。一般的には遅いタイミングかもしれませんが、そこから当時は無理だと言われていた月面探査の挑戦に取り組み、形にすることができました。今は当時よりも起業しやすい環境が整っています。
好きであり、自分が取り組むべき対象だと確信できるのであれば、年齢に関係なく、挑戦する価値があると思います。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
起業家データ:中島紳一郎 氏
発明家でロボットクリエイター。長野県生まれ。妻と長女長男。明治大学工学部卒業後、Boschなどで自動車の駆動開発に20年従事。Audi、TOYOTA等で標準採用されている4WD駆動機構を発明。2012年に機械開発の会社として株式会社ダイモンを設立。創業以来、月面探査車の開発を推進。ロボットが生命化して宇宙に広がる未来を目指している。
企業情報
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法人名 |
株式会社ダイモン |
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HP |
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設立 |
2012年2月 |
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事業内容 |
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