AtCoder 代表取締役 高橋直大

2012年創業のAtCoder株式会社は、競技プログラミングコンテストプラットフォーム「AtCoder」の開発・運営を手掛けています。代表取締役を務める高橋直大氏は「日本でもより多くの人に、競技プログラミングを楽しんでもらいたい」という想いのもと、大学院在学中に同社を設立。

高橋氏は現役の競技プログラマーとしても活動し、オピニオンリーダーとして競技プログラミングの普及活動を続けています。

日本における競技プログラミングの第一人者として知られる高橋氏に、起業の経緯や今後の展望を詳しく伺いました。

 

楽しみながらスキルアップもできるプログラミングコンテストを開催

事業の内容をお聞かせください

弊社は、オンライン完結のプログラミングコンテストを開催しています。無料で世界中のどこからでも参加でき、主に週末の夜9時から2時間ほど開催しています。


毎回1万人を超えるユーザーにご参加いただけるまでの規模に成長しました。

 

ユーザーのなかには毎週コンテストに出場し、プログラミングスキルを磨いている方も多くいます。意欲的にコンテストに参加している方はエンジニアとして優秀なことが多いため、弊社があいだに入ってエンジニアを採用したい企業とのマッチングもお手伝いしています。

 

具体的に言うと、エンジニアを採用したい企業が弊社のシステムを使用してコンテストを主催できるようにし、コンテストに参加するエンジニアと企業が繋がれる機会を提供しています。

そうは言っても、ユーザーの半数以上は学生で、求職者が多いというわけではありません。しかも学部1年生が中心で、就活のためにやっているというより「楽しいからやる」という学生がほとんどです。

競技プログラミングは遊びの要素が強いのですが、楽しみながらスキルアップもできて就職にも役立ちます。なので、そうした理由から参加している学生がいるのも事実です。

 

また、弊社のコンテストは海外からの参加者が多いのも特徴です。

 

以前、僕自身が海外のコンテストに参加していた時に「世界で戦える土俵を日本にも作りたい」と思ったんです。最初は日本人向けにコンテストを作り、日本で結果を出してから世界に挑戦する、という方向性だったのですが、いまは日本トップクラスのコンテストに成長したと思うので、日本人のみでなく世界中の人を対象にすることにしました。

 

競技プログラミングという、日本ではまだ珍しい分野で事業を始めようと思われた経緯をお伺いできますか?

僕は「Topcoder」というアメリカのプログラミングコンテストによく参加していたのですが、そのコンテストは日本からの参加者が極端に少なかったんです。

 

わざわざ英語のサイトに登録して、拘束期間の長いコンテストに頻繁に参加したい人は少ないわけです。

 

当時、日本で開催されていたコンテストの多くは年1回の開催頻度でした。参加者が「また次に向けて頑張ろう」と思っても、1年も待たなくてはいけなかったのです。

僕が参加していたアメリカのコンテストは月3回ほど開催されていて、いい成績が出たらレーティング(評価)が上がり、悪かったら下がるといった感じで常に実力が可視化されていました。この仕組みがすごく面白いからこのコンテストを日本でも広めたいと思ったのですが、やはり英語の壁もあり、布教活動をしても思うように認知度は上がりませんでした。

 

それなら日本で同じようなコンテストを立ち上げようと思ったのが、この事業を始めたきっかけです。

 

また、コンテストで参加者の成績がレーティングされる仕組みがビジネスとして成立すると考えたことも、きっかけのひとつです。自分の英語力を知りたい時はTOEICを受けたら、スコアで客観的に実力を測れますよね。それと同じように、弊社がコンテスト出場者のプログラミングスキルをレーティングできたら、ひとつのビジネスになり得ると思ったのです。エンジニアの能力を評価するのは難しいので、需要があると思いました。

競技プログラミングの文化とコミュニティを守りながら経営判断をする

仕事におけるこだわりを教えてください

これからもコンテストを継続的に開催し、これまで築き上げてきた文化とコミュニティを守ることが僕にとって一番大事な仕事です。

 

収益を上げるためには、無くしたほうがいい慣習なども恐らくあると思います。しかし、収益ではなく文化とコミュニティを最優先に考え、それらが崩れることがないようサービスを提供し続けることを意識しています。

 

コンテストに関しては、社内で問題提起する人の意見が社長である僕の意見よりも強くなるようにしていて、その上でコンテストをどう守るのか、守った上でどのような経営ができるのかを常に考えています。

 

起業から今までの最大の壁を教えてください

始めのうちは利益を上げるのがとにかく大変でした。

 

プログラミングコンテストのみで事業を展開している会社は珍しかったので、スポンサーになってもらおうと企業にアピールしても「何それ?」と言われてしまい、なかなか結果が出ませんでした。

 

僕自身もコンテストに出ていたため、その繋がりでスポンサー企業を見つけられたこともありましたが、1年目の売上は約400万円でした。学生起業のベンチャーだということを踏まえると、頑張っていたと言えるのかもしれませんが、会社として成立する額ではありませんでした。

 

いまはスポンサーを獲得しやすくなりましたが、プログラミングコンテストという文化を形成するまでが本当に難しかったですね。

 

特に、コロナ禍は大変でした。オンラインコンテストなのでコロナは関係ないと思われがちですが、コロナが流行る前は予選はオンラインで行い、決勝は会場を貸し切って開催していました。

 

ホテルの大きな部屋で30〜50人規模の決勝戦を開催していたのですが、コロナですべて中止になりました。

また、多くの企業がテレワークを導入したことで忙しくなった人が増え、採用活動やイベントを開催する余裕のある企業が減ったことも、弊社にとっては不利でした。


赤字が膨らんでいくことも辛かったのですが、いま開催しているオンライン中心のコンテストに形式を変更していく過程も結構大変でした。

 

立て直しに苦労しましたが、いまは世の中の流れにもうまく乗れて、順調にコンテストを開催できています。スポンサー企業もIT企業のみでなく、トヨタ自動車、丸紅、サントリーなどの他業種も増えてきました。

 

自分自身が競技プログラミングを好きだから続ける

苦しい時期もあったなか、進み続けるモチベーションは何でしょうか?

「競技プログラミングが好き」という想いが、この事業を続ける一番のモチベーションになっています。

 

起業した当初は、もし経営がうまくいかなかったら別の企業に就職して、趣味として続けられたらいいなと思っていました。

 

いまは規模も大きくなり責任も増えましたし、このサービスが潰れてしまったら日本のIT業界に大きな影響を与えてしまうと思うので、さらにモチベーション高く続けられています。

 

起業してから苦しい時期もありましたが、世の中に役立つサービスを提供しているという自信はありましたし、楽しんでくださっているユーザーが数多くいることも実感していました。

コロナを機に完全にオンラインに切り替えたことで、さらにユーザーが増えて、僕のモチベーションも今まで以上に高まりました。

 

今後やりたいことや展望をお聞かせください 

これからもコンテストを開催し、競技プログラミングを日本でさらに普及させていきたいです。


コロナ禍で大きなコンテストがなくなってしまったため、僕たちがこれから取り戻していきたいと思っています。昔よりさらに規模を大きくするのが理想です。

 

また、学生や若い社会人の参加者を今後も増やしていきたいと考えています。その一環で、中高生向けのコンテストも新たに作りました。

 

学生と社会人が競うと当然社会人のほうが強いので、別々にすることにしたんです。学生向けコンテストでは、学年・学校ごとにランキングを集計しています。

 

中高生向けのコンテストを普及させて、学生が部活を選ぶときに「野球、サッカー、競技プログラミング」といった感じで、競技プログラミングが選択肢のひとつに入る未来を期待しています。

 

競技プログラミングが得意な学生が友達と話す時に「競技プログラミングって何?」でなく、「競プロできるなんてすごい!」といった反応が返ってくるようになれば、さらに嬉しいです。


日本のIT競争力を強めるためにも、子どもたちのあいだでさらに競技プログラミングが普及するよう、活動していきたいと思っています。

 

中国ではすでに、競技プログラミングが広く普及しているんです。10歳頃から始める子が多く、10〜11歳を対象にしたコンテストのランキングを見ると、9割以上が中国の子どもたちです。

 

子どもの頃からプログラミングに触れている人が多いと、当然IT競争力も高まりますよね。日本でも子どもたちが早いうちに競技プログラミングに触れられるよう、我々が機会を提供していきたいです。

 

起業の目的をハッキリさせるのが大事

起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします

僕は起業を志す人から相談されることが多いのですが、目的がふわふわしている人が多いなという印象を受けます。

 

「お金を稼ぎたい」「なんとなく社長になりたい」など、結局何がやりたいのかがハッキリしていない人が多いからです。

 

ですが、起業するなら何のために起業したいのかを明確にすることが大切だと思います。僕は、競技プログラミングが好きで「これを達成したい」「こういう世の中をつくりたい」という想いから、このサービスを作りました。そうした自分の想いが原動力になり、実際に競技プログラミングの普及にも貢献できたと感じています。

 

何かやりたいことがある人は、自分の信念を曲げずサービスや事業を世の中に広めるためにできることを常に考えて欲しいと思います。

 

僕自身、SNSを使って世の中に自分がやっていることを発信したのが良かったと思っています。いまは、SNSで気軽に情報発信ができる時代です。自分の想いを発信して、共感してくれる人を増やしていくのがいいのではないでしょうか。

本日は貴重なお話をありがとうございました!

起業家データ:高橋直大氏

高校2年生の時に怪我をきっかけに野球部からパソコン部へ入部。そこで本格的に競技プログラミングをはじめ、たった3年でマイクロソフト主催の世界大会で3位に。

大学院在籍時の2012年に、「日本でも気軽にコンテストに参加し、競技プログラミングを楽しんでもらいたい」との想いでAtCoderを設立。

AtCoder経営者・現役の競技プログラマ・プログラミング界のオピニオンリーダーとして競技プログラミングのさらなる普及のため、日々活動を続けています。

 

【企業情報】

法人名

AtCoder株式会社

HP

https://atcoder.jp/home

設立

2012年6月20日

事業内容

プログラミングコンテストサイト「AtCoder」の開発・運営

プログラミングコンテストの企画・運営

ソフトエンジニアの採用支援・能力判定業務

沿革

2012年 AtCoder株式会社設立

2012年 中・上級者向け競技プログラミングコンテスト「AtCoder Regular Contest(ARC)」定期開催開始

2013年 初心者向け競技プログラミングコンテスト「AtCoder Beginner Contest(ABC)」定期開催開始

2016年 世界トップクラス向け競技プログラミングコンテスト「AtCoder Grand Contest(AGC)」定期開催開始

2016年 「AtCoderレーティング」を導入

2017年 AtCoder登録者数が1万人を突破

2018年 業務提携にてプログラミング能力判定サービス「TOPSIC」販売開始

2018年 就職・転職サービス「AtCoder Jobs」サービス開始

2019年 株式会社電通から出資

2019年 AtCoder登録者数が10万人を突破

2019年 アルゴリズム実技検定「PAST」サービス開始

2020年 AtCoder登録者数が20万人を突破

2020年 マイナビ、電通と日本における先端IT人材不足解消を目的に業務提携、「AtCoder Career Design」サービス開始

2021年 ヒューリスティック形式の競技プログラミングコンテスト「AtCoder Heuristic Contest(AHC)」定期開催開始

2021年 AtCoder登録者数が30万人を突破

2023年 AtCoder登録者数が50万人を突破

2023年 日本の中高生向け学校対抗競技プログラミング「AtCoder Junior League」開始

 

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