株式会社ABEL 大島 秀顕 氏

これまで競走馬の育成は、調教師の経験と感覚によって行われていましたが、株式会社ABELが開発した「EQUTUM」によって、科学的データをもとに意思決定することが可能になりました。

 

今回は「すべての動物が幸せで、健康に共生する世界を実現する」というミッションを掲げる株式会社ABELの代表取締役である大島 秀顕 氏に、具体的な事業内容や強み、今後の展望について伺いました。

 

「EQUTUM」により競走馬の健康状態をデータ化し、具体的な管理を実現可能に

さっそくですが、事業内容をお聞かせください。

当社は、競走馬の管理クラウド「EQUTUM(エクタム)」を提供しています。「EQUTUM」では、競走馬の動きや心拍数などの情報を取得・分析し、どのような状態になると怪我をするのか、どのようなトレーニングをすると強くなるのかなど、科学的データをもとに意思決定をすることが可能です。

 

これまでは、調教師の経験と感覚によって競走馬は育てられてきました。具体的には、競走馬の皮膚の薄さや筋肉の付き具合などです。とはいえ一般人には分かりにくく、本当にそのトレーニングが最適なのかを判断するサポートとして、「EQUTUM」を提供しています。

競合他社と比較した際の強みをお聞かせください。

競合他社は海外企業が多く、そちらでは心拍数のデータ取得を重視している傾向にあります。当社では競走馬が地面を蹴り上げる脚の強さも含めてデータ化しようとしているので、データ量の多さや、分析していることの難易度の高さには自信があります。

 

既に「EQUTUM」を導入している牧場がありますか?

あります。導入してくださっている牧場からは、データによる具体的な戦略が練れるようになりましたと仰っていただけました。

 

実は、競走馬の走法には「ストライド(距離)」と「ピッチ(回転数)」の2種類があります。どちらの走法を採用しているかは、競走馬によって異なります。人間で分かりやすく例えるために、180㎝を超える高身長のクリスティアーノロナウドさんと、180㎝未満のリオネル・メッシさんで説明しましょう。

 

クリスティアーノロナウドさんは身長が高い分、脚も長いので、一歩のストライド(距離)が長くなります。対して、リオネル・メッシさんは一歩のストライド(距離)が短いので、脚の回転数を上げて走るピッチ型(回転数)です。

競走馬にも今お話したことが当てはまり、ストライド型とピッチ型が存在します。しかし、ピッチ走法の競走馬を見極める基準は明確にはありません。そこをデータ化することで、これまでなんとなくで決めていた走法のうち、どちらが最適なのかを判断できるようになりました。

 

また競走馬はデリケートなので、レースに出たあとは放牧による休養期間が約3ヶ月設けられます。これまで休養後の競走馬の状態は、見た目でしか分かりませんでした。しかし、「EQUTUM」によってデータ化することで、過去と現在の競走馬の状態をチェックすることが可能です。

 

例えば、もともとストライド型だった競走馬が休養によってピッチ型に寄った走り方になっている場合、騎手が乗り方を変えてストライド型を伸ばすように調整できます。これまで感覚で行っていた馬づくりは、データによって細かいFBが可能になったわけです。

 

馬づくりをしている組織では、「EQUTUM」のデータに基づいて具体的な指示を出せるようになります。レースに勝ったときと現在の状態を比べられるため、格上に挑戦できたり、最適な競馬場を選択できたりするなど、戦略を具体的に練れるようになったという声をいただくようになりました。

 

「すべての動物が幸せで、健康に共生する世界を実現する」というミッションが掲げられていますが、人間のどのような行動が動物に悪影響を与えていると思いますか?

分かりやすいところでいうと、経済活動ですね。

 

競馬の馬は体重が500〜600キロあるので、四足歩行のうちどこか1つの脚を怪我してしまうと、バランスがとれなくなり、その結果他の脚も骨折する恐れがあります。また、身体の大きな馬は心臓の働きを脚が支えています。どこか1箇所でも脚を怪我してしまうと血流が悪くなるので、骨折しないにせよ他の3つの脚も状態が悪くなってしまうのです。

 

とはいえ、身体の大きな馬の引取先は滅多に見つかりません。そのため、怪我をした競走馬は安楽死を余儀なくされます。そういったところで競走馬にとって怪我は、非常にリスクが大きいのです。

 

ただし、競馬産業は日本経済にとって非常に大きな存在です。国内でも約4兆円の馬券が買われています。それによって農林水産省に上納金を納めていることからも、競馬は守るべき産業といえるのです。

 

これまでは競走馬を守る手段がありませんでした。怪我や不慮の事故をなくすという点が、私たちのミッションである「すべての動物が幸せで、健康に共生する世界を実現する」につながっています。

 

競走馬の調教や怪我予防ができれば、犬や猫にも同様のサービスを展開していきたいと考えています。実は、当社のロゴも名前も私の愛犬に由来しています。

 

最初は怪我予防のサービスを犬でつくることを考えていましたが、犬にデバイスを付けて健康を可視化しようとしている人は多くありません。ほとんどの方が犬の食べ物や服にお金を使っており、犬自身の健康には意外とお金が使われていないのです。

 

また、サービスをつくろうにも問題がありました。犬は基本的に家で飼われているので、首輪をつける機会が少ないのです。首輪型のデバイスを検討しましたが、散歩以外で首輪を付けることに抵抗がありました。

 

そこで厳しいと感じたのでピボットを繰り返し、豚や牛を攻めていきました。北海道大学の獣医学科の先生にもアポイントをとって、話を聞いたりしていました。その過程で出会ったのが東京農工大学農学研究院の先生方で、その方々が馬に詳しかったのです。

 

私の熱意が伝わったのか「動物好きなら馬でサービスを開発してみたら」と提案されました。子供の頃に乗馬をしていた経験もあったので、それらの出来事をきっかけに馬について調べたところ課題がたくさん見つかりました。

 

競走馬は一頭あたり何億という大金がかかります。5億で売れることもある馬を競走馬として育ててレースで勝たせるには、調教師の経験と感覚だけでは心もとないでしょう。そうなったときに預ける側からしてもきちんと管理されているところに預けたいと考えるものなので、そういったきっかけで馬を対象に事業を始める流れになりました。

 

2019年にエンジニアとしてサイバーエージェントに入社されていますが、独立思考はその頃からありましたか?

高校生の頃から独立したいという気持ちは強くありました。私自身は否定しているのですが、父親が経営者であることも独立願望を持つ1つの理由になっているのかもしれません。また、エンジニアで開発に携わるのも楽しいのですが、どちらかというとチームで何かを成し遂げることにやりがいを感じます。

 

エンジニアは個人プレイの世界になりやすいので、私はどうしても飽きてしまいます。チームで面白いことをしたいので、自分で会社を立ち上げたり、あるいは会社を引っ張っていくポジションに就いたりすることは高校生の頃から考えていました。

 

「楽しい」という感情は何にも変えられないモチベーションになる

仕事におけるこだわりや譲れない軸を教えてください。

1番は、楽しむことです。会社を経営していると苦労することもありますが、乗り越えればすべて楽しい思い出に変わっています。開発に携わっているなら開発を楽しいと思えればよいですし、サービス利用者が増えていく感覚が楽しいならそれでもよいです。とにかく「楽しい」という感情は何にも変えられないモチベーションになると思います。

 

私自身、楽しそうだと思ったので競走馬を対象にしたサービスを提供していますし、楽しそうだと思ったので起業しています。仕事におけるこだわりや軸は、楽しむことですね。

 

「EQUTUM」の提供や利用者からFBをいただくなかで、どのようなことが楽しいと感じますか?

1つは、当社のデータをお客様が自身のやり方で利用することで「コレもできるようになりました」という報告を聞くのが楽しいです。

 

もう1つは、無料で利用できるGmailではなくキャリアメールを使用されている世代の方々が、当社のサービスのためにiPadを使ってデータを確認して、一緒に語れることが非常に嬉しいです。

起業から今までの最大の壁を教えてください。

最大の壁は、「EQUTUM」というサービスをつくると決めるまでです。当然私は競走馬のトレーニング方法を知りませんでしたし、調教師さんですら課題解決のために何があればよいのか分からない状態でした。そのため、サービスを開発していく業界や課題も明確だったけれど、何を提供するかを決めるまでの期間が苦しかったです。

 

「EQUTUM」を開発する過程で苦労した部分はありますか?

当社はハードウェアを持っています。SaaSをつくったら基本的に障害は起きませんが、ハードウェアは現場にあるので、降雨によって故障したプロテクターを改良したり、ハードウェアを薄くしたりしました。現場があることによって物質的な課題が出てくるので、解決の対応に苦労しました。

 

楽しさと使命感がモチベーション

進み続けるモチベーションはありますか?

根底にあるのは先ほどお話しした「楽しい」という気持ちです。ただ、人間が経済活動を回していくには動物の課題が発生してしまうので、どこかで解決すべきだと思っています。その解決すべき問題に私たちが向き合えている状況は何にも代えがたい面白さですし、私がやらなきゃいけないという使命感のような気持ちもモチベーションになっています。

 

やはり、「求めているものはあるけどそれがないから使っていない」という状況だと思うので、ニーズを満たすサービスを提供することは人類の進歩にも携わっているようで、とてもやりがいを感じられます。

 

騎手の乗り方や手綱裁きと馬との関係性をデータ化していきたい

今後の展望をお聞かせください。

馬関連でいくと、騎手の乗り方や手綱裁きと馬との関係性をデータ化してほしいという声が挙がっています。派生していくと、競馬だけでなく乗馬の課題解決も取り組めるようになってきます。

 

また、オリンピック競技にも「馬術」があります。簡単に言うと、馬と人間が行うフィギュアスケートのようなものです。馬術では、複数の審判員が演技の正確性や馬の従順性などを採点しますが、本当に左右並行に動いているのかを判断するのは難しいと思います。その部分を私たちのデバイスを使って採点できれば、面白いと考えています。

 

そして、今後は人材採用にも力を入れる予定です。特に、エンジニアを募集しています。これからは、より良いサービスをつくって業界の課題を解決していかなければなりません。

 

競走馬に関するデータが蓄積されてくるので、そこから「この馬の適性距離は何メートルだ」「この馬の最適なトレーニング方法はこれだ」「この馬は芝よりダートがよい」など、データから有益な結論や知見を導き出していただきたいです。競馬好きなエンジニアにとって、当社の事業はとても楽しく感じられるに違いありません。

 

「EQUTUM」は調教師向けのサービスですが、今後はtoC向けにアプリなどのサービスを展開していく予定はありますか?

馬券を買って予想している方々にサービスを提供することは考えていますが、当社の持っている競走馬の情報は特殊なので、競馬の公平性に影響を与える恐れがあります。そのあたりのケアは当然必要ですし、JRA日本中央競馬会がどこまで許可してくれるのかは分かりません。それによって対応は変わると思いますが、予想ツールに特化したサービスも提供していければなと考えています。

やりたいと思ったタイミングで起業したらよい

起業家へのメッセージをお願いします。

たくさんの学生さんから「起業は怖くないですか?」、「ここまで進んだら始めようと思います」といった質問を受けたり話を聞いたりしますが、私としてはやりたいと思ったタイミングで起業したらよいと思います。

 

私はサイバーエージェントの次にログラスという会社に転職をしました。現在は100名以上の社員さんがいると思いますが、私の入社時には私で8人目の社員というほど会社は大きくありませんでした。

 

1年ほどログラスに在籍しSOも持っていたのですが、やりたいことを始めるために独立しました。やりたいと思ったタイミングで、実行できる可能性は高くないと思います。結婚・出産などと重なれば自由にチャレンジできなくなるので、タイミングを待つのではなく、やりたいと思い、かつそれが実行できるうちに始めたほうがよいと思います。

 

本日は貴重なお話をありがとうございました!

起業家データ:大島 秀顕 氏

2019年に新卒でサイバーエージェントにエンジニアとして入社。

広告配信サービスの開発や新規プロダクトの開発などを経験。

株式会社ログラスでログラスの開発に従事。

2021年に株式会社ABELを創業。

愛犬のアベルとお出かけが大好き。

 

企業情報

 

法人名

株式会社ABEL

HP

https://abel-inc.com/

設立

2021年12月20日

事業内容

競走馬管理クラウド「EQUTUM」を開発

送る 送る

関連記事