株式会社NERON 代表取締役 CEO 長﨑 恭久

株式会社NERONは、腸内細菌を活用して心と体の健康を促進するサプリメントの開発に取り組んでいます。腸と脳の密接な関係に着目し、まだ世の中にない革新的な製品の実現を目指しています。代表取締役CEOの長﨑恭久氏は、10年以上にわたり腸内細菌の研究に携わってきた研究者でもあります。今回は長﨑氏に、事業を立ち上げた経緯や今後の展望を詳しくお聞きしました。

腸内細菌で人の健康促進にアプローチ

事業の内容をお聞かせください                 

私はこれまで10年間、人間の便を用いた研究に取り組んできました。現在は、その研究で得た腸内細菌のデータを活かし、皆さまの健康を支えるサプリメントの開発に注力しています。

 

開発中のプロダクトは、メンタルヘルスの改善、生活習慣病の予防を目的とした食欲のコントロール、そして細胞の老化を遅らせることで健康寿命を伸ばすことなど、幅広い用途を想定しています。

 

腸内細菌のバランスは健康維持に欠かせません。バランスが崩れると悪性細菌が増え、腸で炎症が起こります。

 

その炎症はやがて脳にも波及し、脳内炎症を引き起こすおそれがありますうつ病や認知症の発症にも炎症が関わっていると考えられるため、私は腸内細菌の乱れと脳炎症の関係をテーマに研究を進めてきました。

 

こうした知見をもとに、健康な方の腸内細菌を精製し、独自のバランスで組み合わせた「カクテル」を開発しています。このカクテルを通じて、心身の健やかさをサポートすることが私たちの目標です。

事業を始めた経緯をお伺いできますか?

事業を立ち上げた理由は、前職で培った研究知識と経験を最大限に活かせると確信したからです。

 

前職では乳酸菌の可能性に着目し、免疫機能の向上やがん予防、ストレス軽減、食欲コントロール、認知機能サポートなど、多方面からアプローチしていました。

 

起業にあたり脳神経領域へ焦点を当てたのは、もともと私自身が「ストレス」に強い関心を抱いていたことと、この領域では競合が比較的少ないと判断したためです。

 

また、起業を真剣に考える転機になった出来事が二つあります。ひとつは、かつて共に働いていた同僚が白血病で亡くなったことです。

 

彼は膠原病も併発しており、30代ながら皮膚が急速に老化しているように見えました。その姿を目の当たりにし、病気が人の幸福をどれほど奪うかを痛感しました。

 

もうひとつは、新型コロナワクチンの2回目接種後に強い副反応を経験したことです。その際、「社会の選択圧に屈してこのまま死ぬかもしれない」という不安がよぎり、起業への決意が固まりました。

 

圧倒的な量をこなすことでしか見えてこないものがある

仕事におけるこだわりを教えてください            

私は「こだわり」というより、自然に身についている習慣がいくつかあります。研究に取りかかると無意識のうちに手が動き、「やることが多くて大変だ」と感じることはほとんどありません。

 

毎日、限界まで作業を続け、体力が尽きたらようやく眠る――それが日課になっています。また、私はどんなことでもまずは数をこなすことが重要だと考えています。

 

たとえばコロナ禍によく行われていた PCRという分析方法では、他の研究者が 2 日で 400 サンプルを処理する一方、私は自動化システムを構築し、約 6,000 サンプルを処理しました。

 

効率化よりも「圧倒的な量を積み上げる」ことが、バイオ研究では何より大切だと実感しているからです。12 年にわたる研究生活で、その価値を身をもって学びました。

 

一般に「研究には時間がかかる」と言われますが、蓄積した知見と仕組みを応用すれば、ラボ立ち上げから半年以内に特許出願まで進めることも可能です。

 

こうした成果は、数をこなし続けた経験があってこそ得られたものだと考えています。

起業から今までの最大の壁を教えてください 

起業してからというもの、常に何らかの壁にぶつかり続けています。

 

まず、会社設立時には必要書類すら分からず、資金が減るばかり。銀行では「口座開設は簡単ではありません」と告げられましたが、何とか手続きを完了させました。まさにギリギリの状態で前に進んできた感覚です。

 

さらに、経営と研究の両立は想像以上に難しく、現在も研究に割ける時間は以前ほど多くはありません。それでも、研究者として積み上げてきたキャリアのおかげで、効率よく進められる部分も多くあります。

 

時間も予算も以前より限られているため、場面ごとに創意工夫が欠かせません。しかし、経営と研究の両方を体験できるのは起業したからこその魅力であり、とても刺激的です。面白くて、まったく飽きることがありません。

 

技術者として自分にできる社会貢献を実現

進み続けるモチベーションは何でしょうか?          

私は、日本では技術者や科学者の待遇が必ずしも高くないことを踏まえ、自分のような人材は決して多くないと感じています。

 

だからこそ、自身が「希少な存在」であるという自覚を持ち、その力で社会に貢献することに大きな意義を見いだしています。一方で、もっと正直な動機もあります。実は、高校生の頃に付き合っていた彼女が自分と別れて別の人と付き合い始めたことがありました。

 

その時、「新しい彼氏よりも絶対ランクが上の大学に行ってやる」と心に決めて勉強に打ち込みました。最終的には大学院まで進学し、自分なりの結果を出すことができました。もちろん、ずっとその彼女のことを思って行動していたわけではありません。

 

あの時にスイッチが入り、気づけば今日まで走り続けてきたという感覚です。今は、慣性が働くように勢いを保ったまま、止まることなく前進し続けている――それが私の原動力です。

今後やりたいことや展望をお聞かせください  

展望はいくつかあります。

 

ひとつは、腸内細菌を乗せた人工衛星を打ち上げることです。宇宙には酸素がないため、宇宙で活動する人々は密閉された空間で長時間過ごさなければなりません。

 

そのような環境は大きなストレス要因となりますが、人類の科学を前進させるために活動する人々の心身の健康を守ることは、非常に重要です。そこで、宇宙で使用できるプロダクト開発を進めています。

 

その一環として腸内細菌を乗せた人工衛星を宇宙に打ち上げ、一定期間宇宙に滞在させた後に回収し地上の菌と比較することで、より効果的な製品づくりにつなげたいと考えています。

 

もうひとつは、戦争の影響を受けている地域で活用できるプロダクト開発です。戦地で生活する人々や避難民の方々は、日々非常に強いストレスにさらされています。

 

そうした方々に対して科学技術が何らかの形で力になれるのであれば、挑戦したいという思いがあります。実現のためには、さまざまな規制への対応や政府との連携といったハードルもありますが、可能性を模索していきたいと考えています。

 

さらに身近なところで言えば、パイロットや新幹線の運転士など、長時間の集中力とストレスへの耐性が求められる方々に向けたプロダクトも構想しています。

 

ビジネスパーソンの集中力やパフォーマンスをサポートする商品や、学校給食に取り入れてもらえるような子どもたちの健康を支える商品など、我々の研究がさまざまなシーンで貢献できる可能性があると考えています。

 

リスクはあるものの、高い自由度と挑戦を楽しめる起業の世界

起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします     

起業家はサラリーマンに比べて自由度が高く、自由に使える資金の規模は小さいものの、意思決定の裁量が大きい点が魅力だと思います。

 

自分の選択が直接事業に反映され、非常にやりがいを感じられる一方、厳しい状況下に置かれることも多いため、起業したいと思っても多くの場合は奥さんに反対されるでしょう。

 

お金の制約も格段に大きくなり、私自身もサラリーマン時代に比べてお金を使う際には一層慎重になりました。全員に起業を強く勧めるわけではありませんが、挑戦すれば非常に面白い経験が待っていると思います。

 

ただし、本音を言うとバイオ領域での起業はあまりおすすめしません。早期に売り上げを見込める事業を選ぶ方がいいでしょう。

 

本日は貴重なお話をありがとうございました!

起業家データ:長﨑 恭久氏

2022年に株式会社NERONを共同創業し、腸内細菌研究を基盤としたMental Well-beingの実現を目指している。2013年に日清食品ホールディングス株式会社へ入社し、健康科学研究室や食品開発部において約10年にわたり研究に従事。その間、腸内細菌の機能解析や食品の健康機能に関する研究を推進した。また、2014年から2018年にかけて公立大学法人横浜市立大学および理化学研究所統合生命医科学研究センター(現・生命医科学研究センター)にて客員研究員として活動し、腸内細菌や乳酸菌の分子生物学的解析、統合オミクス解析などの先端研究に携わった。現在は、NERONの代表取締役として、腸内細菌カクテルの技術開発を推進している。

企業情報

法人名

株式会社NERON

HP

https://neron.jp/

設立

2022年

事業内容

ヒト腸内細菌叢に作用するサプリを開発

 

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