株式会社ジョリーグッド 代表取締役 上路 健介

株式会社ジョリーグッドは、VR技術を活用した医療教育サービス「JOLLYGOOD+(ジョリーグッドプラス)」を提供しています。医師や看護師が当事者目線で現場を体験できる当サービスは300以上の医療機関で導入されており、チーム医療の連携強化を実現しています。代表取締役の上路 健介氏に、事業内容や今後の展望なども含めて詳しくお聞きしました。

 

ベテランの経験値を継承する。医療教育を変えるVR学習「JOLLYGOOD+」

事業の内容をお聞かせください

VR技術を活用した教育サービスを展開しています。当社のVRは、360度映像によって利用者が他者の視点を完全に体験できる「憑依型VR(他者の立場に“入り込む”ように体験できるVR)」です。医師や看護師などが実際の現場に立つ前に、現場の予習や経験値を積むことができます。

 

当社の技術は、コロナ禍で病院実習ができなくなった時期に、VR体験を通して診察や治療現場、災害現場などを先に経験できる点で大きく注目されました。

 

初期段階では手術の手技に特化していましたが、看護師の患者さんや高齢者との接遇・コミュニケーションへのニーズが高いことが分かり、そちらも対応できるようにしました。

 

国内の医師の数は約32万人ですが、看護師は150万人以上にのぼり、患者さんと接する時間や頻度は、医師に比べて看護師の方が圧倒的に多くなっています。また、医療現場では患者さんとの最初のコミュニケーションが治療の協力体制に大きく影響します。

 

そのため、現在では技術トレーニングが約半分、残り半分は患者さんやご家族とのコミュニケーション訓練に使われています。特に高齢者や認知症の方への対応をシミュレーションできる点が評価されています。

 

VRの強みは、言葉では表現しにくい体験を伝えられることです。例えば「適切な距離感」や「このタイミング」「この角度」など、教科書や授業では伝わりにくい感覚をVRで体験し、勘を養うことができるのです。

 

成功例としては、コロナ禍での人工心肺装置(ECMO)のトレーニングがあります。

 

ECMO(人工心肺装置)の操作には高度なスキルが必要ですが、当時の日本では3,000台の機器に対し、扱える専門家はわずか200人程度でした。これを打開すべく、厚労省の主導でベテラン医師の技術をVR化し、全国の医療従事者がゴーグルを通してスキルを学ぶセミナーツアーを実施しました。

 

学習効率の高さもVRの大きな特長です。広島大学との共同研究では、VR学習は通常の講義や実習と比べて、約4倍のスピードで習得が進むことが実証されました。

 

その理由は主に2つあり、ゴーグルを装着すると視界が限定されるため、“よそ見”ができず集中力が高まります。また、自ら作業しているような没入感が得られ、記憶の定着率が向上します。

 

現在、約300以上の医療・福祉施設で導入されており、主に大学病院や教育機関で活用されています。また、医療教育だけでなく統合失調症で離職・入院した方の就労支援などにも活用され、復職への意欲向上にも役立っています。

チーム医療においてもVRが大きな役割を果たす

現代の医療現場では、ゴッドハンドと言われる「名医1人による治療」や「卓越した医師の個人技に頼る医療」による治療から、多職種が連携する「チーム医療」へと変わっています。1つの手術には執刀医をはじめ10人ほどのスタッフが関わりますが、自分の役割に集中するあまり、他のスタッフの動きやチーム全体の流れを把握できていないケースが多く見られます。

 

VRの最大の価値は、チーム間の視点のズレを解消し、連携を可視化・強化できる点にあります。自分とは異なるポジションの視点を体験することで「あのタイミングで何が起きていたのか」を理解できるようになります。例えば、執刀医の視点しかない医師が、看護師などの視点を体験することで、器具を渡すタイミングや合図の意義を理解し、実際の連携に役立てることができます。

 

医療事故の多くはチームワークの乱れから発生するため、多職種の相互理解を促進するVRトレーニングは安全性の向上にも直結します。『チームワークを習得するにはVRしかない』と語る医師もおり、VRの貢献度の高さがうかがえます。

 

他社の医療VR技術とは異なる、貴社だけの強みを教えてください

「実写映像」と「憑依型VR」にあります。多くのVR企業はCGを使用していますが、私たちは実際の医療現場で撮影した映像を使っています。企業トレーニング向けに実写映像のVRを提供している企業は、世界でも私たちだけかもしれません。

 

さらに特徴的なのは「憑依型VR」、つまり、ユーザーが登場人物の視点から医療行為を体験できるよう、カメラを当事者の目線で撮影している点です。CGでも手順を覚えるといった学習は可能ですが、リアリティという点では実写ならではの緊張感や視界の制約が、より現場に近い学習効果をもたらします。

 

もう一つの強みは、「ゼロ操作」の仕組みです。通常、VRゴーグルはコントローラーでの操作が必要ですが、当社のシステムはゴーグルをかけるだけで自動的に起動します。専用iPadアプリを操作することで、最大100台のゴーグルを一斉に制御できるのです。この技術は国内外でも他に類を見ないシステムのため、海外からもオファーが来るほどの独自性を持っています。

 

また、直近では個人向けのアプリケーション「JOLLYGOOD+」をリリースしました。ゴーグルをお持ちでない方でもApp Storeからアプリをダウンロードすることで、ご自身のiPad上で医療現場や執刀医の視点を体験いただけます。臨場感ある映像を通じて、現場の空気感や判断の瞬間をぜひご体感ください。

事業を始めた経緯をお伺いできますか?

約20年間テレビ広告業界で、先端テクノロジーの事業化に携わってきました。常に新しい技術を追い求める中で、表現手法として最も革新的だと感じたVRを主軸事業にしました。

 

最初は観光やアイドルのライブVRなどを制作していました。しかし、これらは「1回見て終わる」コンテンツで、採算が合いませんでした。今後の方向性を模索していたとき、メジャーリーガーによるバットの素振りを見て「練習は何回も繰り返すもの」という気づきから、トレーニングに使えるVRへと方向転換したのです。

 

企業研修の一環として市場ニーズを調査していた際に医療分野に着目しました。コロナ禍で他の業態が停滞する中、医療だけはVRの需要が増加し、そこから医療分野に集中的に取り組むようになり、現在に至ります。

 

高齢者でも使えるテクノロジーにこそ、価値がある

仕事におけるこだわりを教えてください。

企業理念に掲げている「テクノロジーは、それを必要とする人に使われて、初めて価値がある」という考えを大切にしています。

 

ITが得意な人だけが「この技術は面白い」と盛り上がっても、地方の高齢者や本当に困っている人が使えないテクノロジーには、ほとんど価値がないと考えています。私の理想は、自分の親世代でもテクノロジーに「いつの間にか触れている」という状態を作り出すことです。

 

そのため、誰にでも使いやすいテクノロジーサービスを目指しています。実現するためのキーワードは「スーパーシンプルなユーザーインターフェース」、つまり「シンプルUI」です。

 

よく「ルック・アンド・フィール」と言いますが、先ほど説明した当社のVRゴーグルには、設定不要で使用できるシンプルさがあります。「どこまでシンプルを極められるか」が私のこだわりです。

 

組織運営する上でのこだわりはありますか?

社員には「あまり考えず、どんどんトライしていい」と伝え、意思決定も含めて任せています。会社が大きくなるほど真面目で優秀な人材が入ってきますが、日本での「優秀」は失敗しないことを意味しがちです。

 

しかし海外では、多くの失敗経験を持つ人の方が優秀とされます。当社では石橋を叩きすぎる慎重さではなく、どんどん挑戦する文化を大切にしています。「またあいつ失敗しているよ」と言われるくらいの大胆さがなければ、スタートアップとして突出できないでしょう。

起業から今までの最大の壁を教えてください

組織マネジメントです。私はある種の発明家で、アプリケーションの設計やデザイン、サービスの構造を作るのが得意です。しかし、経営して10年経ってみて思うのは、私は組織マネジメントのプロではないということです。

 

上場を目指すには、権限移譲が必要とよく言われますが、任せる際の判断やタイミングが非常に難しいです。任せた後にふと気づくと、何も進んでいなかったり、何か問題が起きてもブラックボックス化が起こったりします。組織が大きくなればなるほど、こういった問題は各所で発生していきます。この組織運営の難しさは、今でも私にとって最大の壁であり続けています。

 

出会いが業界全体を改革する力となった

進み続けるモチベーションは何でしょうか?

さまざまな人との出会いです。

 

私は元々、医療とはまったく関係ない人間でした。今では飲み友達の多くが医師という、想像もしていなかった人生を歩んでいます。出会いを通じてお互いを尊重し合い、一種の新しい文化を創造しました。

 

実際、当社の事業は、国の医療系事業公募機関からの10億円規模のプロジェクトに採択されています。日本の救急医療のトップの先生に「一緒にやろう」と声をかけていただき、3つの学会と共同申請したことで実現しました。業界ごと変えていけるのは、このような出会いがあったからこそです。

今後やりたいことや展望をお聞かせください 

志の高い医療機関や大学と連携して培ってきた技術を、最近では個人向けにも展開し始めました。

 

今後、医療の世界に進む方々に、経験値を簡単に上げるツールとして「JOLLYGOOD+」を活用してもらうと同時に、個人向けの「JOLLYGOOD+」も使っていただく中で、どこまで成長の可能性があるかが焦点です。

 

また、最近では製造業や飲食業界からのオファーも増えており、人材マネジメントや人材育成の需要があります。特に今、人手不足が社会課題となっており、ベテランの指導者が不足する問題が生じています。

 

そのような場面で私たちのVR技術が活用できます。「ゴッドハンド」と呼ばれる達人の技を一度撮影してしまえば、いつでもどこでも誰でも学べる状態を作ることができるからです。さまざまな業界の達人の技をアーカイブし、4倍のスピードで吸収できるようにすることで、業種を超えた「残すべき技」の伝承を可能にします。

 

また、近年では外国人労働者への教育も難航しており、主に言語が大きな壁となっています。私たちのVRは視覚的に「見れば何をしているか大体わかる」という特性があります。料理や溶接などの作業が言葉なしで理解できるため、言語を超えた教育がVRによって可能になります。これは今後の日本において、非常に必要なツールになっていくと期待しています。

 

まずは、自分の得意なものを見つける

起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします

起業はぜひやるべきだと思います。ただし、自分の得意分野を理解した上で挑戦することが重要です。まずはある程度の規模の会社で経験を積み、業界の特性や良い点・悪い点を理解した上で、自分の得意なものがわかった瞬間に、迷わず起業してください。

本日は貴重なお話をありがとうございました!

起業家データ:上路 健介氏

2011年から単身渡米し、北米、アジア各国で新規事業開発を統括。2014年に株式会社ジョリーグッドを創業。2015年に高精度VRラボ「GuruVR」を立ち上げ、テレビ業界トップシェアとなる。

2018年、VR×AI人材育成ソリューションを発表し、2019年には医療教育VR、発達障害向けソーシャルスキルトレーニングVR、介護教育VRを発表。2020年には累計22億円の資金調達に成功。

2022年に大塚製薬と提携した統合失調症向けソーシャルスキルトレーニングVRサービスをスタート。

現在は海外事業展開にも注力し、北米やタイのトップ大学とヘルスケアVRをグローバルに開発している。映像技術・ITプログラミング・先端テクノロジー事業開発、海外ビジネス、企業経営が専門。

 

企業情報

法人名

株式会社ジョリーグッド

HP

https://jollygood.co.jp/

設立

2014年5月15日

事業内容

  • 先端テクノロジーの研究開発
  • エンターテイメント企画開発
  • ソフトウェア開発
  • プロダクトデザイン
  • コンテンツ制作
  • コミュニティの企画運営
  • イベントの企画運営
  • 海外ビジネスコンサルティング
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