八楽株式会社 代表取締役社長 坂西優

「ヤラク翻訳」は、国内大手企業のみならず海外の企業でも広く活用されているCATツール(翻訳支援ツール)です。AIの力も活用しながら各社の機密情報を安全かつ正確に翻訳し、企業活動を下支えしているこのツールを開発した八楽株式会社。今回は代表取締役社長の坂西優氏に、国内でCATツール※1を広める難しさや今後の展望についてお聞きしました。

※1 CATツール = 「Computer Assisted Translation」の略でAI翻訳から編集までできるツールのこと。

AIを活用して各社に最適化されていく翻訳支援ツール

事業の内容をお聞かせください

弊社が提供する「ヤラク翻訳」は、翻訳者の生産性を向上させる「CATツール」の一種です。AIが翻訳の下書きをしたり、翻訳ミスを指摘したりすることで、プロの翻訳者の作業スピードを10倍近く速められます。

 

一般的によく知られているAI翻訳ツールのGoogle翻訳やDeepL、ChatGPTはあくまで個人向けですが、「ヤラク翻訳」は大企業を中心としたビジネスシーンでの活用を前提としたツールです。

 

具体的には契約書、IR資料、特許文書、マニュアルなどの機密情報を外部に向けて発信する必要があるときに使われます。

 

これらの文書では、些細な数字の間違いですら企業にとって大きな損失や不祥事につながりかねません。そのため、今もバイリンガルの翻訳者が基本的に手作業によって翻訳を行っています。

 

このような場面で翻訳者を手助けするCATツールは、すでに数十年前から翻訳の現場で活用されてきました。特定の用語やフレーズを登録する機能があり、過去の翻訳もデータとして参照できるために、同じ企業で類似の契約書や資料を作成するときには作業を格段に効率化できます。

 

では一般的なCATツールと弊社の「ヤラク翻訳」の違いは何かというと、プロの翻訳者も使用するレベルの専用ツールを一般のビジネスパーソンが誰でも使えるように、シンプルに改良した点です。

ヤラク翻訳の操作画面

 

「ヤラク翻訳」の導入例を教えてください

弊社の顧客である大手化学メーカー様では、全社1万人で「ヤラク翻訳」を使っていただいております。

 

AIエンジンを活用した「ヤラク翻訳」では、AIによる自動翻訳に対して従業員が文章を修正して、フレーズ集に追加すると、その内容をAIエンジンが学習して次の出力に反映されていきます。※2

※2 AIエンジンによる学習は、各カンパニーアカウント内に限られます。

 

その化学メーカー様では、1年後にはほとんど修正が必要ないほど会社専用のエンジンに仕上がっていて、生産性が飛躍的に向上したそうです。

 

「ヤラク翻訳」はそうした国内の大企業に加えて、海外の大企業でも導入していただいているため、グローバル基準の高度なセキュリティ管理を強みとしています。

 

重要な文書の翻訳という特性上、顧客企業の機密情報を守るための対策は万全にしなくてはなりません。ハッキング対策はもちろん、海外企業の厳しいセキュリティ条件を満たせるように常時アップデートを行っています。

 

現在「ヤラク翻訳」は大手自動車メーカーや半導体メーカー、IT企業、飲食店チェーンまで幅広い業界で2,000社以上に導入していただいております。

 

対応言語も36言語で、日英翻訳が最も使用されていますが、最近ではベトナム語、インドネシア語、タイ語といった東南アジア言語の利用が伸びてきました。

 

現状では民間企業様の利用が中心ですが、大学での導入実績もありますし、外国の方が多い地域の自治体でもハザードマップの作成などにも「ヤラク翻訳」を利用していただいています。

 

外国人居住者が増えたことで地方でも翻訳のニーズは非常に高まっていると感じますので、ぜひ各自治体で「ヤラク翻訳」を活用していただければと思います。

長野県箕輪町が生成AI搭載の多言語翻訳サービスを導入

事業を始めた経緯をお伺いできますか?

現在の「ヤラク翻訳」の事業を立ち上げた背景には、私自身のアメリカでの起業の経験があります。

 

渡米した経緯としては、学生時代に日本で就職活動をしていた頃、先輩たちから「就職したら自分の時間が無くなるから、今のうちに遊んでおいたほうがいい」と言われ、疑問に感じたことから始まります。

 

小学校から長い間ずっと努力を積み重ねてきて、大人になった今こそできることが沢山あるはずなのに、時間的ゆとりがそれと逆行するのはおかしいと思ったのです。

 

そこで、成果さえ出せば働く時間はある程度自分の裁量で決められるアメリカのスタイルに憧れ、まずあちらでベンチャー企業に就職しました。そこで事業立ち上げにも携わったことで「自分にもできるかもしれない」という野心が生まれて、そのままアメリカで起業に踏み切りました。

 

ただ私はほとんど英語ができず、そこで壁にぶつかってしまい非常に苦労したのです。その中でも機械翻訳を使いながら何とか仕事を進めていくのが当時楽しく感じられて、グローバルな仕事をサポートする翻訳支援のサービスに注目し、現在の「ヤラク翻訳」の事業立ち上げへと繋がりました。

「社会人になったら時間がなくなる」を変える

仕事におけるこだわりを教えてください。

仕事に対してこだわりなどは一切ありません。意識したこともないと思います。

 

ただ、組織づくりについては、「個々人ができるだけ自由に、自分らしく働ける職場」ということを大切にはしています。

 

具体的にはフルリモートワークの体制をとっており、私自身はブリュッセルに拠点を置き、弊社のCOOはバンクーバー、国内のスタッフも全国各地に散らばっている状態です。

 

時差の問題をクリアするためにミーティングは最小限、ビデオでのアナウンスやオンラインミーティングの録画の共有などで、コミュニケーションやコアタイムを減らす工夫もしています。

 

元々私は日本では当たり前とされていた「社会人になったら自分の時間がなくなる」という考え方に疑問を持ち、自由な働き方を求めてアメリカに行ったという経緯があるので、こうした職場づくりに努めているのだと思います。

 

現在弊社ではマーケティングやセールス、財務経理などあらゆる職種で人を募集しています。日本のベンチャー企業としては珍しい柔軟なワークスタイルを求めて、世界中から優秀な人材が集まる環境です。

 

「言葉や時間や場所の壁を超えて、自分らしく生きられる世の中を作る」という弊社のビジョンに共感していただける方は、ぜひご応募ください。

起業から今までの最大の壁を教えてください

この事業において壁となるのは、そもそも「CATツール」という概念が日本やアジアで知られていないことです。CATツールはプロの翻訳者が作業を効率的に進めるための支援ツールなのですが、一般の人にはGoogle翻訳のような機械翻訳との区別がついていません。

 

Google翻訳やChatGPTのクオリティがあくまで個人利用を想定しているのに対し、CATツールは企業間の契約書の翻訳でも使われるツールです。そもそもの製品としての目的が全く異なることを理解してもらう必要があります。

 

これまで弊社でもウェビナーを運営するなど認知拡大に取り組んできましたが、最も効果が高いと感じるのは、実際に「ヤラク翻訳」を使っていただいたお客様からの口コミです。

 

やはり実際にツールに触れることで、品質や作業効率の違いを実感していただければ、こうした翻訳支援ツールの有用性に気づいていただけるのではないかと思います。

「こういうツールを探していた」という声に励まされ

進み続けるモチベーションは何でしょうか?

やはり実際に使ってもらった方からのフィードバックは励みになります。「こういうツールをずっと探していたんです」と言っていただけることは、本当に嬉しいです。

 

ビジネスの現場では、「英語ができるから」というだけの理由で周囲から翻訳の仕事を頼まれてしまうというケースが往々にしてあります。

 

そうした方々は本業以外の翻訳作業に膨大な時間を費やさなくてはならず非常に苦労されているのですが、「ヤラク翻訳」を使うことで作業時間を大幅に短縮できるようになり「非常に助かっている」というお声をよくいただきます。

 

またユーザーからのフィードバックは機能の改善にも生かされています。

 

Wordファイルをドロップして出力できるようにしたり、それまではPDFをアップロードした時もWordファイルでの出力だったに対して、パワーポイント形式でも出力してレイアウトの保持を改善したりと、「ヤラク翻訳」の新機能のほとんどはユーザーからのリクエストやクレームから生まれたものです。

 

特に文字数制限については、実際のユースケースに合わせて柔軟に拡張しています。例えば医学論文などを翻訳するためには50ページ程の分量に対応できる翻訳サービスでなければならず、そうしたユーザーのニーズに応えて翻訳できる文字数を増やしました。

 

このようにユーザーからのフィードバックは、私自身のモチベーションでもあり、製品を改良するにあたっての指針ともなるので、非常に大切にしています。

今後やりたいことや展望をお聞かせください 

現状ではドキュメント翻訳のサービスのみを提供していますが、今後は音声翻訳のニーズにも応えたいと考えています。

 

既存のお客様から「会議などで話した内容をそのまま翻訳してくれるサービスが欲しい」というお声は、もう10年以上前からいただいていました。

 

そこで「ヤラク翻訳」同様の翻訳クオリティで、話すとほぼ同時に翻訳できるツールを開発しました。この音声翻訳の特徴は、業界の固有名詞や社内でよく使う言い回しも正確に翻訳できるところです。そのためビジネスシーンでもストレスなく活用していただけると思います。

 

現在約30社でテスト導入が始まっています。それらの企業様のフィードバックを反映して改善し、年内にはベータ版のリリースに漕ぎつける予定です。

起業家にとっては失敗も必要な経験

起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします

私からは「とにかく頑張ってください」というエールを送るくらいしかできませんが、起業したいと思うなら、やってみるのがいいと思います。

 

自分の経験から「こういうことに気をつけるように」と言うこともできますが、正直なところ失敗も起業家にとって必要な経験だと思います。

 

苦労もあれば喜びもあるのが起業です。興味のある人は、まずは一歩踏み出してみてください。

本日は貴重なお話をありがとうございました!

起業家データ:坂西優

福岡県出身。早稲田大学を卒業後、渡米。現地ニューヨークにてマーケティング代理店を起業し、アメリカ企業における日本市場へのオンラインマーケティング支援に従事する。その後日本に帰国し、2010年、八楽株式会社をスタート。(2009年登記)

著書に「自動翻訳大全 終わらない英語の仕事が5分で片づく超英語術」(三才ブックス)がある。

 

企業情報

 

法人名

八楽株式会社 (Yaraku, Inc.)

HP

https://www.yaraku.com/

設立

2009年8月

事業内容

多言語コミュニケーションツールの企画・開発・運用

 

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