株式会社Cubec(Cubec, Inc.) 代表取締役CEO 奥井伸輔 / 取締役CAIO 新井田信彦

医療の現場では、限られた時間の中で高度な判断が求められます。その意思決定を、エキスパートの知見と生成AIで支えるサービス「Cubec」を開発する株式会社Cubec。本記事では、代表取締役CEOの奥井伸輔氏と取締役CAIOの新井田信彦氏に、事業を始めた背景やプロダクトへのこだわり、そして医療の未来に対する展望を伺いました。

 

医療の知を、現場で使えるかたちに

事業の内容をお聞かせください

奥井伸輔氏(以下奥井氏):当社は、すべての医師にエキスパートの知見を届ける生成AIの開発に取り組んでいます。

 

事業の一つとして提供しているのが、医師が診療中や診療前後に感じる疑問を解消する生成AIサービスです。診察中に珍しい症例に出会い、過去の報告や医学的な考え方を確認したい場面などで、短時間で信頼できる情報へたどり着けることを目指しています。

 

従来、医師は医学情報を調べる際に、複数の資料や文献を横断的に確認する必要があり、多くの時間と手間がかかっていました。生成AIの活用も進みつつありますが、情報の正確性や根拠が不明確なまま出力されるケースもあり、患者に関わる判断では再確認が欠かせません。

 

当社のサービスでは、医学的な情報すべてに出典を付け、信頼性の高い情報源に限定して回答を構成しています。臨床現場で生じる疑問は論文だけでは解決できないケースも多く、日本の診療制度に即した情報を正確に提供できる点が大きな特徴です。

 

新井田信彦氏(以下新井田氏):データソースは主に四つあります。診療ガイドライン、当社独自に制作したCubec医学ノート、医薬品の添付文書、公開されている医学論文です。

 

中でも力を入れているのが医学ノートで、各領域の専門医が国内外のガイドラインや医学論文をレビューしています。疾患の診断・治療方法、症状・所見から診断へのアプローチを詳細に解説し、日常診療に生かせる形へ落とし込んでいます。

 

データの設計段階から専門医の知見を反映させる「エキスパート・イン・ザ・ループ」の開発戦略を採用しており、実際の臨床の疑問に応えられる構造を重視しています。

 

奥井氏:実際に利用している医師からは、情報の信頼性や読みやすさ、必要十分な粒度で整理されている点を評価いただいています。医療現場における生成AIの活用は、まだ始まったばかりの段階です。

 

だからこそ、現場の医師からの高い関心や期待に応えられるよう、今後も品質を磨き続けていきたいと考えています。

 

事業を始めた経緯をお伺いできますか?

奥井氏:私の父は長年がんで闘病しており、幼い頃から家族が医療の意思決定に悩む姿を見てきました。どの病院を選ぶべきか、提示された選択肢の中で何が最善なのかなど、医療の専門知識を持たない立場では、正解を選ぶことが難しいと感じていました。

 

その後、製薬会社で医療現場に関わる中で、医師側にも限られた時間やリソースの中で最善を尽くさなければならない現実があると知りました。この構造自体に課題があると感じ、医療従事者と患者、双方の意思決定を支援できる仕組みが必要だと考えるようになりました。

 

新井田とは製薬会社で同僚として働いており、医療全体を底上げするサービスについて相談をしてきました。さらにもう一人、取締役の医師である朔 啓太を交えて議論を重ねる中で、生成AIが実用段階に入った今であれば、この課題に向き合えると判断し、起業に至りました。

 

新井田氏:私は大学院時代からライフサイエンスに関心を持ってきました。祖母が難病を患っていたこともあり、科学技術が進歩しても解決が難しい医療課題が存在する現実に問題意識を持ったことが出発点です。

 

研究やデータサイエンスの分野でキャリアを積む中で、技術を通じて医療に貢献できる可能性を感じてきました。その後、製薬業界で奥井と一緒に仕事をする機会を得て、医療の課題に対してデータサイエンスで貢献できる可能性が明確になりました。

 

起業を決めた理由は、奥井、朔、私の三人がそれぞれ異なる専門性を持ち、補完し合える体制が整っていたからです。このバランスで立ち上げることに意味があると感じ、参画を決意しました。

 

 

ミッションを軸に、課題と向き合う

仕事におけるこだわりを教えてください。

奥井氏:大きく三つあります。一つ目は、ミッションに立ち返って判断することです。当社のミッションは「最善の医療をすべての人の手の中に」です。日々の意思決定では迷う場面も多くありますが、どの選択がこのミッションに最も近づくのかを判断基準にしています。

 

二つ目は、顧客である医師の理解です。医師がどのような環境で働き、何に困り、何を求めているのかを先入観なく捉えにいきます。その上で、解くべき課題を見極めることを大切にしています。

 

三つ目は、チームとの向き合い方です。経営者である私自身が、最もコミュニケーションコストの低い存在であることを意識しています。伝える側として工夫を尽くし、同時に相手の意図を汲み取り、率直な意見が出るチームづくりを大切にしています。

 

新井田氏:私は、データサイエンスでできることを制限せず、徹底的に追求する姿勢です。生成AIなどの便利な技術に頼り切るのではなく、論文や研究成果を学び、基礎から理解した上で活用しています。日々多くの論文に目を通し、ゼロベースで研究開発に向き合う覚悟を持っています。

 

もう一つは、独りよがりにならないことです。現在のチームは学生インターンもいますが、新しい視点や提案を積極的に取り入れています。トップダウンで進めつつも、良い打ち返しを受けながら、奥井や朔から上がってくる課題に対し、技術で応える立場として向き合っています。

 

 

起業から今までの最大の壁を教えてください

奥井氏:一番の壁は、起業前後の資金調達における投資家とのコミュニケーションです。

 

振り返ると、最初のピッチでは自分たちが伝えたい思いを中心に話しており、相手が何を知りたいのかを十分に意識できていませんでした。当然、手応えはありませんでした。

 

投資家が限られた時間の中で何を判断するのか、医療に詳しくない相手にどう伝えるべきか。この点を改善したことで、ようやく対話が成立するようになりました。

 

新井田氏:私は、現在のサービスを大きくアップデートするまでのプロセスです。医師の症例相談に答えるサービスは、半年前はまだ構想段階にあり、前例もなく手探りの状態からのスタートでした。

 

臨床的な正しさを社内で検証し、外部の医師から評価を得られる水準まで高める必要がありました。プロダクトチームや朔の視点を取り入れながら、モデルへ反映していきました。

 

データサイエンスだけで完結させず、実際に使う医師の声を反映し続けたことが、壁を越えられた理由だと感じています。

 

医療現場の最良のアシスタントに

進み続けるモチベーションは何でしょうか?

奥井氏:会社のミッションに近づいていると実感できることです。その実感を得られる場面は大きく二つあります。

 

一つ目は、医師からの反応です。実際に使ってもらい、良かった点や改善点を率直に伝えていただけることが、大きな原動力になっています。前向きな評価はもちろんですが、厳しい意見も成長の余地として受け止めています。

 

二つ目は、チームの存在です。メンバーがミッションに共感し、前向きに取り組んでいる姿を見ると、日々の積み重ねが確かに意味を持っていると感じられます。

 

新井田氏:私は、世の中にまだ存在しないものをデータサイエンスで実現していく過程そのものです。技術選定や開発戦略を自ら考え、形にしていく点にやりがいを感じています。

 

新しい論文や手法が日々生まれる中で、生成AIを中心に、昨日できなかったことが今日できるようになる可能性に触れ続けられることが原動力です。

 

最終的には、会社のミッションが実現に近づいている感触が、次の挑戦へ進む力になっています。

 

 

今後やりたいことや展望をお聞かせください 

奥井氏:大きく二つあります。一つ目は、医師や医療従事者にとって最良のアシスタントになることです。現在提供しているサービスはまだ成長の途中であり、より確かな判断を支えられる存在へアップデートしていきます。

 

さらに、既存の医学知識を活用するだけでなく、データサイエンスによって新しい知見を生み出し、患者一人ひとりに適した治療選択を支援するアルゴリズムの研究開発も進めています。

 

二つ目は、この技術を医師だけでなく、生活者や患者にも届けることです。病気や健康に不安を感じた際に、正確な情報へ最短でアクセスできる環境を整えていきたいと考えています。

 

新井田氏:技術面では、より臨床に近い価値を生み出す方向へ進めていきたいと考えています。日本は生成AIを活用する立場に回ることが多い中で、医療分野においては技術を発信する側として存在感を示したいと考えています。

 

奥井氏:現在は治療支援に関する研究開発も進めています。地域のクリニックで対応が難しいケースについて、AIでの情報整理に加え、地域の医師同士で知見を共有できる仕組みへとつなげていく構想です。

 

ミッションに向き合い、何を実現したいのか

起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします

奥井氏:起業して本当に良かったと感じています。体力面や労働時間の負荷は、会社員時代より大きく感じることもありますが、自分が信じるミッションに対して、全力で時間とエネルギーを注げることが、何よりのやりがいであり、日々の充実感につながっています。

 

起業を検討している段階では、不安や分からないことが多いと思いますが、経営の悩みは経営者に相談するのが一番です。今は経営者同士をつなぐ仕組みも多いので、ぜひ積極的に活用してほしいです。

 

新井田氏:今のAI時代では、技術的なハードルは以前よりも下がっており、一人でも起業しやすくなっています。ただ、起業自体を目的にするのではなく、その先で何を実現したいのかを明確にすることが重要です。

 

また、実現に適した環境や仲間がいるかどうかも大切な視点です。私自身は、共同創業者がいたからこそ前に進めました。目指す姿と体制の両方を見据えた選択が重要だと考えています。

 

 

採用において、求める人物像についてお聞かせください

奥井氏:当社のミッションに少しでも興味を持ってくださる方とお話ししたいと考えています。私も新井田も、カジュアル面談の場を常にオープンにしており、取り組みや関心事について気軽に話せる時間にしたいと思っています。

 

今後は、データサイエンティストとビジネスサイドを中心に組織を拡張していく予定です。

 

新井田氏:データサイエンティストに関して言うと、生成AI時代ならではのマインドを持った方とぜひ一緒に挑戦したいと考えています。

 

生成AIを日常的に使う人というよりも、「生成AI時代だからこそ、どんな価値を生み出せるか」を考えられる人を求めています。医療の領域で、ミッションに共感し、自由な発想で挑戦したい方であれば、データや環境は惜しみなく提供します。

 

生成AI時代の新しいマインドで、ヘルスケアのフィールドに挑戦したい方はぜひ一度声をかけていただきたいです。

 

本日は貴重なお話をありがとうございました!

起業家データ:奥井伸輔 氏・新井田信彦 氏

奥井伸輔 氏
名古屋大学理学部卒業後、外資系製薬企業にて営業・マーケティング・組織文化開発に従事。京都芸術大学でのデザイン思考の学びを活かし、医療ITスタートアップにて、国立循環器病研究センターを中心とした研究プロジェクトに企業代表として参加。医師の意思決定を支援する生成AIの社会実装を目指し、株式会社Cubecを創業。

芸術修士・学際デザイン研究領域・京都芸術大学大学院

新井田信彦 氏

東京大学大学院在学中より、国立研究開発法人 科学技術振興機構の心臓シミュレーター開発のプロジェクトに参画し、大動脈解離に関するテンソル解析を行う。卒業後、AIスタートアップである株式会社ブレインパッドの立ち上げに参画。上場後、自身のミッションである医療でのAI活用のためアッヴィ合同会社でAI業務を立ち上げる。専門は機械学習・自然言語処理で、医療では循環器・リウマチ・消化器・皮膚科・感染症の領域で経験がある。

環境学修士・新領域創成科学研究科・東京大学大学院

 

企業情報

法人名

株式会社Cubec(Cubec, Inc.)

HP

https://cubec.jp/

設立

2023年2月

事業内容

ヘルスケア特化の独自生成AIを開発するCubec AI ラボから、医師と製薬・医療機器企業向けに複数のサービスを展開。

 

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