株式会社 明治代表取締役明治クッカー 西原 亮
(株)明治クッカーは千葉県の北西部・中央部を中心に、明治の新鮮な牛乳を宅配で提供しています。1971年の創業以来、地域の人に愛されてきた「街の牛乳屋」さんです。2013年に、西原 亮氏が二代目として事業を継承。一般的な牛乳屋では終わらず、YouTubeチャンネルの開設や企業のDX支援など、業界を超えた事業も手掛けて改革を進めています。
今回は西原氏に仕事のこだわりやこれまでに直面した壁など、詳しくお話を伺いました。
父親が立ち上げた会社を潰したくない。コンサルタントから「街の牛乳屋」へキャリアチェンジ
早速ですが事業内容をお聞かせください
弊社はライセンスを持った明治の特約店として、牛乳宅配サービスを提供しています。現在は1軒屋に住む6,000件ものお客さまに毎週牛乳をお届けしていますので、年間にすると200万本配達していることになります。
あと「まさか」と思われるかもしれませんが、新規事業として大きく育ってきているのが、DX業務改革支援サービスです。現在はGoogle Workspaceを軸にしたDX支援を行っており、これまで大手メーカーや区役所を支援してきました。この事業は我々が配信しているYouTube動画がきっかけで生まれたんです。
ある時、牛乳屋の改革事例としてGoogle Workspaceの活用法を動画で紹介したところ、その動画が視聴者から大反響を呼びました。それでこの分野にニーズがあることを実感して、コンテンツをGoogleWorkspace関連の動画に絞っていったら、少しずつチャンネルの人気が出始めました。去年はなんとGoogle様からお声掛けがあり、Workspace関連のイベントに登壇する機会があり、それ以降動画を観てくださる方がさらに増えていきました。
そうはいっても最初から軌道に乗っていた訳ではなく、YouTubeを始めた最初の1年8ヶ月は動画をあげ続けても、観てくれている人が50人以下という状態でした。そんな状況でも諦めずに続けていたらYouTubeからDX支援事業が生まれ、さらに今は動画制作支援サービスも手掛けることになったので、改めてYouTubeを続けてきてよかったと思います。
今はメインとして牛乳宅配サービスを手掛け、新規事業の中にDX支援と動画制作サービスが入っている形です。
事業を引き継ぐことになった経緯をお伺いできますか?
もともと、父親がこの会社を立ち上げて経営していたのですが、2008年に父が3回目の脳梗塞で倒れてしまいました。その時に余命はあと5年だと言われ「この会社をどうするか?」という話になり、牛乳屋は斜陽産業ですし会社はもう潰すしかないだろうと父も私も思っていました。しかし、3つの理由をきっかけに、私は当時働いていたコンサルティング企業を辞め、2013年にこの会社を引き継ぐことにしました。
1つ目の理由は、牛乳屋の事業にはM&Aのチャンスがあると感じたからです。牛乳屋はフランチャイズではないので、金額から宅配エリアまでオーナーが何もかも自由に決められます。私が引き継いだ当時、千葉県だけで110軒ほどの牛乳屋があり、我々と同じエリアに宅配している業者は10軒もあったため、競争自体は激しかったのですが商売のやり方は古いままでした。と言うのも、全国に3,000軒の牛乳屋があるのですが、その当時自社のWEBサイトを持っているのは20軒以下でした。いまの時代においても、WEBサイトを作らずただただ訪問営業だけで顧客を獲得するのが牛乳屋にとっては常識だったのです。その時に「外の業界の当り前を牛乳屋に当てはめたら、改革できる!」と思い、大きなチャンスを見出しました。
2つ目の理由は、牛乳屋はお客さまと対面で会えるという点において、大きなビジネスチャンスがあると考えたからです。オンラインで買物ができるようになった今、同じ人が毎週対面で何かを届けてくれるサービスは珍しいですよね。対面でハートフルなサービスを届けられる事業者が、ほぼ存在しないと言えるでしょう。私はそこに潜在的なビジネスチャンスがあると思いました。お客さまと対面接点があれば、牛乳屋という枠を飛び越えて気軽に話せる隣人のような存在になれる。そしてお客さまに寄り添い、困りごとを一緒に解決できれば、そこから新しい事業が生まれていく、そう思えたのです。
3つ目の理由は、やはり父の想いです。最初は父も「会社を継ぐな」と言っていたものの、顔を見るとどこか悔しそうな表情をしていました。私も最初は継ぐことを考えていなかったのですが、やはり父が立ち上げたこの会社を倒産させたくなかった。いろいろ考えた結果、継ぐことを決意しました。
台風や地震の時にはお客さまに安否確認の電話をする。牛乳屋の枠を越え、人とのつながりを大切に。
仕事におけるこだわりを教えてください。
こだわりは大きくわけて3つあります。まず1つ目は、誠実な事業を提供することです。倫理基準もそうですが、お客さまを騙さないことや胸を張れるサービスを提供できているかを大切にしています。
2つ目は、給与や労働環境を改善し従業員のQOL(クオリティ オブ ライフ、生活の質)を向上させること。そして、3つ目はお客さまを「感動させる」ことです。具体的に言うと、わざわざ「ありがとう」と言ってもらえる行動を取ることです。たとえば、台風や地震の時には1人暮らしをしているご年配のお客さまに「大丈夫でしたか?」と電話をする。宅配サービスだけに留まらず、お客さまが困った時にいつでも頼ってもらえる存在になれるよう、小さなコミュニケーションを大切にしています。
事業を継いでからこれまでに直面した最大の壁を教えてください
会社を継承してから一番壁に感じたのは、お金の問題です。実は過去に事業がまわらなくなり、社員数を半分にするという大型のリストラをしたことがあります。当時は新卒を採用して「さぁ、売上をあげるぞ!」という段階で営業活動を積極的にしていたので、販促費が出ていくばかりでストックできるキャッシュがありませんでした。しかも営業活動に専念するあまり、既存のお客さまへの対応やケアが十分に出来ていなかったため、解約数も増えていきました。新規顧客を獲得しても定着率が低いため、売上があがらないという悪循環に陥ってしまい、その結果、人件費が高くなりリストラせざるを得なくなりました。
あと、そもそもの話になってしまうのですが、大きな壁だったのが牛乳屋のビジネスモデルです。この事業は利益率が低く、平均営業利益率は1%と言われています。なので、そもそものビジネスモデルを作り変えるところから考えないといけませんでした。これまでのビジネスモデルのままだと、生産性を高めたりDXを進めたりするにも限界がある。
この会社を継いでから本当に壁だらけでハードモードだと感じることもありますが、「誰もやりたがらないからこそチャンスがある」と今は前向きに捉えています。
日本一ハートフルで、日本一困りごとを解決できて、日本一お客さんを笑わせられる牛乳屋になる
進み続けるモチベーションは何でしょうか?
牛乳屋を継ぐと決意した時、もちろん応援してくれる人はいたのですが、前職のコンサルタント仲間を始めとして9割の人は「やっちゃったね…なんでその道を選んだの?」という反応でした。それが悔しくて「この人たちに負ける訳にはいかない!」というのがある意味モチベーションになっています。
あとは一緒に働いてくれる社員の存在が大きいですね。弊社の社員はみな、人生で1回負けた経験を持っています。優秀だけれども、さまざまな理由で他社では活躍できなかった人もいる。私の目標は新しい牛乳屋の姿を発信し世の中の注目を集めて、「この会社に入社してよかった」と社員に思ってもらうことです。ここで働いていることをある意味、他の人から羨ましがられるような会社にしたいと思っています。その想いもモチベーションにつながっています。
今後やりたいことや展望をお聞かせください
まずはこの10年で新しく10個の事業をつくり、10人の社長を誕生させたいと考えています。牛乳配達からキャリアをスタートした人が実現させたい事業をつくり、社長にも就任する。学歴なんて関係ない。そんな夢のあるストーリーを叶えるのが目標です。10個の新規事業を作り、全部あわせて1,000人規模の事業にするのが理想です。
もう1つやりたいと思っているのは、お客さんの困りごとをワンストップで解決する仕組み作りです。宅配サービスを通じてお客さまとお話しする中で、特にご年配の方は色々な悩みや困りごとを抱えていると実感しています。
牛乳屋だけであれば必要不可欠な存在とは言ってもらえませんが、お客さんのあらゆる困りごとの窓口となりワンストップで悩みを解決できると、必要不可欠な存在になれる。いまも出来る範囲でそういった取り組みを始めていて、たとえば迷子になったお客さんのペットの張り紙や「部屋のクリーニングや、庭の草むしりをします」という手書きの張り紙を事務所に貼ったりしています。こうした困りごとの解決サポートを通じて、情緒的な価値も高められたらと思っています。
将来は日本一ハートフルで、日本一お客さんの困りごとを解決できる牛乳屋になるのが目標ですが、同じくらい強く意識しているのが、お客さんを大笑いさせることです。特に1人暮らしの方は、日常生活で笑うことが少ないんです。そういった方に笑いを届けるために、たとえば誕生日にサプライズで何人かで訪問して、面白いことをして笑わせる。どうやって笑わせられるのかのスキームをきちんと作り、「日本一お客さんを笑わせる牛乳屋」になりたいと本気で考えています。
見栄ばかりに気を取られず、継続性のある誠実な事業を育てるのが大切
起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします
いま改めて思うのは、一歩踏み出すことの大切さです。私自身、この事業を継いだ時、大きな展望や目標などありませんでした。しかし、実際にやってみることで初めてわかることや見えてくることもあるので、起業を考えている人はとにかく一歩踏み出してみて欲しいと思います。
あと、私は資金面ですごく苦労したので「お金は大事」ということを伝えたいです(笑)。よくある話だと思うのですが、起業当初は皆お金に余裕がないのに、見栄や体裁にこだわり過ぎてブランディングにお金を使ってしまいがちです。
しかし、大切なのは事業でキャッシュを生み出すこと。もっと言うと、誠実な仕事をすることで対価をいただき、ホーム(家)となる事業を育てることです。キャッシュを生むホーム事業をつくっておけば、仮に新しいことにチャレンジして上手くいかなくても、そこに戻って来られますよね。ホームとなる事業で「飯が食えるようになる」という基盤づくりは絶対にはずさないで欲しいです。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
起業家データ:西原 亮氏
慶應義塾大学商学部卒業。
卒業後、アメリカNYに拠点を置く投資ファンドであるRHJIと三菱商事の合弁で設立された経営コンサルティング会社シグマクシスへ参画。約5年の勤務を経て、2013年8月1日より明治クッカーに参画。
企業情報
法人名 |
株式会社 明治クッカー |
HP |
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設立 |
1973年1月11日 |
事業内容 |
(株)明治特約店 明治の宅配 経営コンサルティング・事業再生 |
沿革
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1971年 ㈱明治乳業の冷凍食品宅配事業を開始 1973年 株式会社 明治クッカー設立 1980年 我孫子支店を開設 1990年我孫子支店を閉鎖 店舗不採算のため 1993年 主要事業を冷凍食品事業から牛乳配達事業へ転換 1999年 松戸支店を開設 2002年 浦安支店を開設 2008年浦安支店を閉鎖 店舗不採算のため 2009年先代社長の病気休養のため専務が経営を管轄 2013年 現社長西原亮が代表取締役へ 2014年新卒1期生6名入社。松戸支店を事業整理のため閉鎖 2016年全国明治特約店最優秀賞を受賞。 明治クッカー柏店オープン 千葉県柏市布施 2019年 YouTube「cooker8」スタート
2020年明治クッカーちはら台店オープン 千葉県市原市ちはら台 2021年明治クッカー大網店オープン 千葉県大網白里市 2021年Google Workspaceを活用したDX支援スタート YouTube動画SNS制作運用支援スタート 2022年TikTok「にっしー社長@元外資コンサル」スタート 2023年meiji守谷店オープン 千葉県守谷市立沢 ※株式会社ケアルとのグループ店契約にてオープン |