株式会社東洋食品 専務取締役 荻久保 瑞穂
株式会社東洋食品は昭和41年の創業以来、半世紀以上にわたって未来を担う子どもたちに安全・安心な給食を提供し続けてきました。同社の強みは、創業から一貫して「食中毒ゼロ」を維持している徹底した衛生管理体制にあります。
現在、同社の専務取締役を務める荻久保瑞穂氏は、金融業界から転身し、3代目として家業の給食サービスを継ぐ予定の人物です。おいしく安全な給食サービスを通じて築いてきた「信頼」を大切にしながら、会社のさらなる発展を目指す彼女に、仕事のこだわりや今後の展望を詳しくお聞きしました。
徹底した衛生管理体制で「食中毒ゼロ」を維持。全国139万食の給食を安全に提供
事業の内容をお聞かせください
当社は学校給食の運営を受託し、現在全国で毎日139万食を提供しています。約40年前に学校給食の民間委託が始まった直後に市場に参入し、これまで地道に事業を伸ばし、今では全国一の実績を持つ会社に成長しました。現在は日本の小・中学生の6人に1人が東洋食品が提供する給食を食べていることになります。
私たちの社是である「信頼」を大切にしながらお客さまと良好な関係を築き、おいしく、安心・安全な給食を提供することを理念に掲げています。
徹底した衛生管理体制により、創業から57年間「食中毒ゼロ」という実績を維持しています。
これまで食中毒がゼロというのは驚異的な記録だと思います。衛生管理の取り組みを具体的に教えていただけますか?
当社では、従業員一人ひとりに徹底した衛生教育を実施しています。創業者である私の祖父、荻久保良男はかつて、大手企業の工場で食堂の責任者を務めていました。その経験を活かして、東洋食品を創業しました。
祖父は自ら抜き打ちで現場をチェックしにいき、冷蔵庫内の古い食材があれば全て廃棄し、前日に調理した鍋の中身も即座に処分するといった厳しい指導をしていました。衛生管理基準が今と違って緩かった時代ですが、当時から厳しい衛生管理を行っていたことが、57年間で食中毒ゼロの実績につながっています。
当社の特徴のひとつは、元保健所職員約30名を採用し、「衛生部」という社長直轄の独立した部署を設けていることです。衛生部のメンバーは保健所での食中毒事故の調査経験を活かし、調理師とは異なる視点で指導・検査を行っています。例えば38項目の「衛生巡回指導表」を用い、年に2回から3回、全営業所を訪れてモニタリングを実施し、指摘された問題が改善されていなければPDCAサイクルを回して、指摘事項が解決されるまで徹底的に指導を行っています。
衛生部は、全国の食中毒の事例を最新情報として社内で共有し、法令の変更があった際には、それを全営業所で毎月開催される衛生職場会で取り上げ、従業員の教育を強化しています。
家業を継がれるまではどのようなお仕事をされていたのでしょうか?
大学時代は東京工業大学で学び、大学院では経営工学専攻で品質管理を専攻して博士課程を修了しました。その後、2008年から金融情報メディアであるブルームバーグ L.P.(以下「ブルームバーグ」という。)にて3年間勤務しました。
理系の大学で学んだにもかかわらず文系の職種を選んだのは、営業職を通じて自分の苦手な対人コミュニケーションスキルを磨くためでした。当時は将来的に家業を継ぐかは決めていませんでしたが、もし継ぐことになった場合には高いコミュニケーション能力が必要になると考えていたことも、文系の職種を選んだ大きな理由です。
ブルームバーグでは顧客サポート業務を担当し、外資系企業特有のスピード感や開放的なコミュニケーションスタイル、また能力に応じた迅速な昇進が可能な文化の中で、緊張感あふれる刺激的な環境で働いていました。この時の経験から学んだ、お客さま対応のスキルは、現在の仕事にも大いに役立っています。
その後、2011年に世界大手投資運用会社のウエリントン・マネージメント・ジャパン・ピーティーイー・リミテッド(以下「ウエリントン」という。)に転職して5年間勤務し、債券の運用に携わりました。
ウエリントンで培った、経済動向を見通す力や分析スキルは、全く異なる業界である今の学校給食サービスの仕事にも活かされています。
キャリアが順調に進み、ボストンへの赴任など、ウエリントンで今後やりたいことを考えていた頃、父から「いつ会社に来てくれるんだ?」と聞かれたのです。父は70歳を迎えていましたが、全国を一人で回り常に忙しく営業活動をしていたため、そのような言葉が出たのだと思います。
私自身、いつか家業を継ぐことは考えていたものの、金融業界での仕事も充実していたため、キャリアチェンジを決断するにあたって、やはり葛藤がありました。そんな中で家業を選んだのは、祖父が創業し、父が発展させた会社を3代目として私が受け継ぐ責任を感じていたからです。また、「3代目で会社が潰れた」と言われないように、会社を維持、発展させたいという思いがありました。
最終的に家業を継ぐ決心を固めたのは2016年で、当時私は35歳でした。父が東洋食品に入社したのも同じ35歳の時でした。この年齢が節目と感じられたため、そのタイミングで会社に入ることを決めました。
優先順位は常に「お客さま・会社・自分」
仕事におけるこだわりを教えてください
こだわりは2つあります。
1つ目は、お客さまの信頼を決して裏切らないことです。給食は他の飲食業と異なり、お客さまとの関係が深く、長期にわたることが特徴です。一般的には委託契約は3〜5年間で、この期間中にお客さまの信頼を獲得できれば、その後も契約更新が期待できます。日々の業務を通して信頼を築き上げ、お客さまとの良好な関係を長く維持することが目標です。お客さまだけでなく、従業員、取引先、地域社会との信頼関係も大切にしながら業務を進めています。
2つ目のこだわりは、「①お客さま・②会社・③自分」の優先順位を常に守ることです。これは非常にシンプルな原則ですが、焦っている時や急いでいる時はこの優先順位が揺らぐことがあります。例えば、急いでいる時に「少しズルしてもいいか」という誘惑に負けてしまうことが、結果的に企業の不正や不祥事へと繋がることがあります。
この優先順位を守ることを全社員に徹底しており、先週の入社式でもこの点を強調しました。この優先順位さえ守っていれば、何かトラブルが発生しても大きな問題に発展することはないと考えています。
2016年に専務取締役に就任されてから直面した最大の壁を教えてください
最大の壁だったのは、2020年4月〜5月に新型コロナウイルスによる緊急事態宣言の影響で、一時的に給食をストップせざるを得なくなった時です。当時は「これからどうなるのか」「委託料が大幅に減額されるのではないか」「従業員の給与はどうなるのか」といった不安が一気に押し寄せてきました。
しかし幸いなことに、委託料はほとんど減額されませんでした。これはお客様が学校給食業務の重要性を認識し、給食会社に厚い信頼を寄せていただいた結果です。これにより、従業員の雇用と給与を保証することができ、一安心したことを覚えています。これも、日頃からチーム全体でお客さまに対して信頼を築く努力を続けてきた結果だと感じています。
給食が再開された後は、感染対策を急いで進める必要がありました。従業員の不安を取り除くため、多額の費用をかけてPCR検査、抗原検査を行ったり、入口の検温器やWEB会議の設備などを整えました。従業員が体調不良や濃厚接触者となった場合は自宅待機してもらい、本社から人員を派遣したことも多々ありました。
さらに、従業員間でクラスターが発生しないよう、お昼休憩をずらしたり、黙食を導入したり、全営業所にパーティションも設置しました。当時はマスクや手袋が品薄になるなど、物資の確保も大きな課題でしたが、衛生管理を徹底するためにはコストが膨らんでも品質の高いものを確保するよう努めました。
パンデミックの初期は社長を含めた部門横断チームが頻繁に会議を行い、迅速に緊急対応を進めていました。チーム一丸となって取り組んだおかげで、この危機を何とか乗り越えることができたと感じています。
日本の未来を担う子ども達のために、安心でおいしい給食を提供し続ける
進み続けるモチベーションは何でしょうか?
給食は未来を担う子供たちの成長と健康に直接かかわる大切な食事ですので、質の高い給食を提供し続けるという使命感がモチベーションになっています。従業員にも、我々の仕事は非常に社会貢献度の高い仕事なのだと常に伝えています。
先日突然倒産した給食事業者の例を受けて、私は子どもたちのためにも給食は決して停止してはならないと強く感じています。そのためには、業界全体が健全でなければなりません。現在、給食業界は価格競争を越えて、適正価格での受注と付加価値の向上を目指しています。当社も、この流れを追い風に、引き続き安全でおいしい給食の提供を続けてまいります。
また、私の個人的なモチベーションは、家業をできるだけ長く継続させることにあります。祖父が創業し、父が大きく発展させたこの会社の長期的な成長のために、日々努力を重ねていくことも大きなモチベーションとなっています。
給食サービスの枠を超えた、新しい事業にも挑戦
今後やりたいことや展望をお聞かせください
今後は、いくつかの新しい事業を進めていく予定です。
まず、ホテル事業を始めました。ホテル事業と給食事業には、「食」、「公共性の高さ」、「ホスピタリティ」という共通点があります。2年前に「桜の森ホテル&リゾーツ」というホテル事業専門の会社を立ち上げ、1号店として伊豆河津町の温泉旅館「今井荘」が今年の8月にオープンする予定です。2号店は、箱根に物件を取得し、これから建設予定です。
次に、海外進出計画を進めています。日本の学校給食の素晴らしさを海外にも紹介したいと考えています。日本の学校給食は低価格ながら、栄養バランスが非常に優れていることが特徴です。特に、「食育」として給食を教育の一環と位置づけているのは日本だけです。日本の給食文化を海外にも広め、子どもたちに提供できれば、海外の栄養課題の解決に寄与できると考えています。
さらに、外食事業も2件立ち上げました。札幌・仙台・横浜に店舗を持つ「kanakoのスープカレー屋さん」をM&Aにより取得し、「北緯43°のスープカレー屋さん」としてリニューアルオープンしました。また、株式会社腸詰屋と販売協力店契約を結び、腸詰屋熱海店を開店しました。外食の「おいしさ」を給食に、給食の「安全」を外食にという、双方向の事業のシナジー効果を期待しています。
こうした取り組みは、短期的な利益よりも長期的な視点で事業を育てていくという当社の企業姿勢を反映しています。給食事業とのシナジー効果から、大きな価値を生み出すことを期待しています。
コロナパンデミックを経て、事業の多様化の重要性を実感しました。一つの事業に依存するリスクを避けるために、今後は事業を複数に分散させ、互いに補完し合える体制を築いています。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
起業家データ:荻久保瑞穂氏
生年月日:1982年1月3日
出身地:東京都目黒区
趣味:スキー、茶道、旅行
家族構成:夫、6歳と4歳の双子 3児の母
企業情報
法人名 |
株式会社東洋食品 |
HP |
(採用HP) |
設立 |
昭和41年10月31日 |
事業内容 |
学校給食事業 |
沿革 |
1966年 創業 1967年 学生食堂業務受託開始 1986年 学校給食業務受託開始 2002年 全国展開開始 2005年 学校給食センターPFI事業運営業務受託開始 2013年 ヘルスケア・コントラクト事業を(株)トラスティフードに移管し学校給食専門会社となる |
関連記事
RANKING 注目記事ランキング
- 【#063】すべての人に目標達成の喜びを伝えたい|代表取締役 李 佑記(イ・ウギ)(株式会社Humans)起業家インタビューインタビュー
- 【#055】顧客満足度世界NO.1の営業支援会社となる|代表取締役社長 鈴木 徹(株式会社アイランド・ブレイン)インタビューその他 インタビュー
- 【#176】継承と革新―給食サービスの家業を守り、進化させる3代目の挑戦|専務取締役 荻久保 瑞穂(株式会社東洋食品)インタビューその他 インタビュー
- 【#200】4Dで思い出を残す革新的なSNS「TAVIO」でパラダイムシフトを。めざすのは日本発「GAFA」|代表 渡邉 晃司(OpenHeart)起業家インタビューインタビュー
- 【#255】定年齢層向けイベントアプリ『シュミタイム』で、高齢者の社会的孤立を救う。|代表取締役CEO 樗澤 一樹(株式会社ジェイエルネス)起業家インタビューインタビュー