
ベータインテグラル株式会社 代表取締役CEO 兼 共同創業者 岡本陽平
ベータインテグラル株式会社は、中高生からの金融経済教育として「Beta Investors」という投資シミュレーションアプリ等を利用した中高、高専、大学向けの金融経済教育プログラム「Beta Investors +」の提供を行っています。また、これを発展させた大学院や金融機関向けのプログラム「Beta Investors Pro」の提供も始まっています。
この学びで培って欲しいのは、単なる資産運用の技術だけではなく「社会を見る目」だと岡本氏は語ります。株式の動きはいわば、社会情勢の射影であり、株を通して、その先に広がる世界の実態を見通せるようになることを願う岡本氏に、金融経済教育のあり方について詳しく伺いました。
本物の情報で行う投資シミュレーションと株式調査ワークショップ。今、マクロとミクロ双方の観点から経済を学ぶ意味とは。
事業の内容をお聞かせください
弊社の事業は、「Beta Investors」というアプリの開発から始まりました。
このアプリは実際の過去のデータを使った体験型の投資シミュレーションアプリで、架空の情報ではないところがポイントとなっています。
架空のデータを使った投資シミュレーションである場合、ある種の資産運用の技術を身につけることはできると思いますが、実際のデータを使うことで、現実の経済の動きを疑似体験することになり、そこからも学びを得ることが可能となります。
例えば、今、アメリカではドナルド・トランプが再選し、新たな政権が発足しています。そんな今だからこそ、第一期のトランプ政権時にはどのような財政政策がとられたのか、そしてそのときの金融政策はどうだったのかなどを知ることは非常に重要です。
それを踏まえ、その時代の投資風景を疑似体験することで、現在のトランプ政権に関係するニュースがどのような意味を持つのか、その結果、今後の世界経済がどうなっていくかを考える上でとても有意義な学びになると考えます。
また、「Beta Investors」のプレイ後は個別の生徒ごとにAIを使って投資行動を分析した「AI投資レポート」を作成しますので、生徒はこれによって自身の投資行動を振り返ることもできます。
そして、弊社の提供する教育プログラムでは、投資シミュレーションを行う前に経済のフレームワークや、シミュレーションを行う時代の経済動向を学ぶ授業を行います。
このように、講義とシミュレーションの双方を体験することで、単に、生徒が経済学の知識を身につけるだけでも、資産運用のやり方を身につけるだけでもなく、経済や社会の仕組みについてより深く学ぶことができる内容となっています。
このように投資シミュレーション部分は、主として経済をマクロな視点から、いわばトップダウンで学ぶものとなっています。
それに加えて弊社の金融経済プログラム「Beta Investors +」では、後半で投資シミュレーションを体験した時に興味を抱いた株についてグループワークで「株式調査ワークショップ」を行います。
同時に、授業をスタートしてから1年後、もしくは年末など、近い未来の株価がどうなっていくのかを考える機会も設けています。これは、投資シミュレーションとは逆に個別の企業からボトムアップで経済を学ぶものとなっています。
なお、このような弊社のプログラムのご説明やご導入いただいた学校のご紹介をしますと、内容が難しいのではないか、と及び腰になられてしまう場合もあります。しかし、投資シミュレーションアプリにはゲーム的な楽しさがあり、どこで実施した場合でも、楽しく取り組んでいただけていると実感しています。
それを契機として、難易度や説明の仕方を調整することで、学年や生徒の成熟度に応じた効果を感じていただけるという点には自信があります。さらに、企業調査をより容易にできるようにAIと対話しながら企業情報等を得られる「Beta Analysts」というアプリも開発中です。
「Beta Investors+」の内容も、実証を重ね、学校の先生方のご意見等も伺いながらブラッシュアップしてまいりました。そうした作業は今後も地道に続けるつもりです。
そして現在は、金融機関や大学院向けにより高度な内容も含んだ「Beta Investors Pro」も展開しており、また、事業会社向けのプログラムである「Beta Investors DC」も開発中であり、より幅広い層の方に金融経済教育を提供したいと思っています。
なお、いろいろな方とお話をしていると、ありがたいことに一般向けのプログラムを提供してほしい、というご要望をいただくこともございます。現状においてはまだ一般向けのプログラムはないのですが、中長期的にはBtoCの展開も行っていきたいと思っています。
事業を始めた経緯をお伺いできますか?
私のバックグラウンドは法律です。現在は弁護士で自分の法律事務所も経営しているのですが、それ以前は、裁判官でした。私の裁判官としての経歴はやや異色で、たとえば石垣島にある裁判所の支部にいたこともありますし、それ以外にもアメリカ・テキサスでの在外研究をさせていただいていたこともあります。
また、さらに変わった経験としては、カンボジア王国に滞在した上で、現地の法整備支援事業に関与していたこともあります。
その当時は、「起業」というものを具体的に考えていたわけではありませんでしたが、日本国内だけでなく、様々な場所に住み、様々な事務を経験したことが、新しいことへのチャレンジに興味を持つきっかけになったのだと感じています。
そして、現在の事業を始めたより直接的なきっかけは、裁判官をやめる直前に東京地裁の商事部に勤めていたことにあるように思います。商事部というのは、企業間の訴訟や会社の買収などの際に生じる株式の買取請求などに関する事件を取り扱う部署だったため、私自身、ビジネス実務や株価の算定についても随分と勉強しました。
もともと私自身が株式投資に興味があったこともあり、こうした分野の勉強を非常に面白く感じたことが今につながっていると感じます。
もう一つのきっかけが共同創業者の存在です。彼は中高の同級生なのですが、大学を卒業した後にはIBMに努め、プログラミングの世界でキャリアをスタートさせた後、金融の分野にキャリアを転じて、ゴールドマンサックスや世界銀行グループの国際金融公社などでも勤務した経験があるという異色の経歴の持ち主です。
起業する数年前までに、彼は、数回環境を大きく変える転職を経験していました。また私も、新しいことにチャレンジしたいという気持ちが徐々に大きくなっていました。互いに環境の変化にポジティブなタイミングであり、元気なうちに起業したいね、という話をするようになっていました。
とはいえ、最終的に裁判官を辞めるという決断は私にとって簡単なことではありませんでした。しかし、彼と二人で様々なアイデアを出しあいながら、起業の話が具体化していくうちに新しいことにチャレンジしたい気持ちが不安を上回り、最終的には二人の知識経験がオーバーラップする部分ということで、現在の金融経済教育分野での起業というところにたどり着きました。
目先の市場の動きだけにとらわれず大局観を磨く。投資をするには自分自身の軸が必須。
仕事におけるこだわりを教えてください。
事業のところでお話した内容と重なる部分がありますが、金融経済教育を提供する上で大切にしているのは、単に資産運用の技術を向上させるというだけでなく、経済のフレームワークを用いて社会の仕組みを知り、大局観を持って社会がどう動いていくかを予測する軸を育てるということです。
株式市場とは、社会情勢の射影です。つまり、そればかりを見て世界を分かったつもりになってはいけないということです。株式市場を通して、その先にある社会、そして世界の実態を見る目を養って欲しいと強く思っています。
また、私たちは、短期間の市場の動きはノイズも多く含まれていると考えています。デイトレードやスイングトレードの技術があることを否定するものではないのですが、私たちはもっと長期的に社会情勢や、その射影である市場を見ていくことが大切だと思っています。
「Beta Investors」が、リアルタイムのシミュレーションではなく、一か月ごとに投資行動を決定するようにデザインされているのはそういった思いの表れでもあります。
もちろん、未来のことは誰にも分かりません。投資のプロといわれるような人であっても百発百中で株式の値動きを当てられるわけではありません。また、リスク許容度は人によっても異なりますから、投資判断に絶対的な「正解」は存在しないと思っていますし、プログラムの中でも、再三そのことを強調します。
もちろん、過去の実際の市場の動きを体験し、社会の仕組みを学ぶことで、長期的な予測の精度は高まると信じていますが、それだけではなく、市場が自分の予測と異なる動きをした際にも、必要に応じて投資判断を修正できるようになる(あるいは一時的なノイズに惑わされずに不要な修正をしない)ことができるようになると思っています。
このように大局観を持って将来を予測し、また必要に応じて修正できるという能力は、狭い意味でのマネーリテラシーというだけではなく、自身の生き方にもつながることだと思います。これこそが、私たちが特に若い世代の方に身に付けてほしいと思っていることでもあります。
こういう内容は、手っ取り早くお金を稼ぎたい、お金を稼ぐ方法を知りたいと思う方にはまどろっこしいと思われるかもしれませんが、この点については今後もこだわり続けたいと思っています。
起業から今までの最大の壁を教えてください
私は元裁判官で、法律事務所も経営しておりますが、法曹業界と比較して感じるのは、スタートアップは圧倒的に事情やリスクの程度がはっきりしない中でも決断しなければならないことが多いということです。
また、スピード感も必要です。ご想像のとおり、裁判官は、基本的には、時間をかけてでも、間違いのない判断を求められます。弁護士は、場合によっては法的なリスクがあることを前提として顧客にアドバイスを提供したりすることはありますが、それでも基本的には、慎重な判断を求められます。
そういった意味で、スタートアップのマインドセットを持つということは私にとってはチャレンジでした。この点について特に当初は、先ほど触れた仲間に大いに助けられました。万事積極的で基本的にはアクセルを踏みたがる彼と、慎重派の私とで、当初よりはうまく役割分担ができるようにはなってきたと思います。
また、士業は(黙っていても仕事が来るといえるほど甘いものではないものの、)資格を有していることによりお客さまから信用を得られるという部分は少なからずあります。他方、実績のないスタートアップにはそういったわかりやすい信用の源泉というものがありません。
「はじめの一歩」を踏み出すのは、本当に大変でした。ただ、このような生みの苦しみと、その反面の顧客を獲得できた時の喜びは起業という道を選んでいなければ体験できなかったものだと思うため、今後もめげずに努力を続けたいと思っています。
心強い仲間と、幅広い層に金融経済教育を届けたい。
進み続けるモチベーションは何でしょうか?
日本にとって金融経済教育がとても大事だという思いが第一に挙げられます。
日本の経済や市場はシュリンクしており、その中でどう「投資」やもっと広く「お金」と向き合っていくかはとても大事なことです。その中で、弊社のサービスは、類似のサービスと比べてもユニークで、お役に立てるものだと信じています。
二つ目は、弊社のプログラムを楽しんでいただけたときの喜びです。子供たちが投資シミュレーションをやって歓声を挙げているところを見たり、一所懸命に株式調査について意見を戦わせたりしているところをみると、「この方向性で間違っていない!」と思えて非常に嬉しくなりますし、モチベーションとなっています。
そして三つ目が、仲間と一緒に目標に向かっているという心強さです。一人だと折れてしまう部分もあったかもしれませんが、ときに励ましあいながら、ときには意見をぶつけ合いながらここまでやってきました。今後も心強い相棒と一緒に頑張っていきたいと思います。
今後やりたいことや展望をお聞かせください
学校へのアプローチは今後もしっかりと行っていきたいと考えています。若い世代に金融経済教育の充実を目指しているため、ここは大切にしていきたいです。
そして、大学や大学院、社会人や金融機関といったプロ向けのお話もいただけるようになってきたため、ここも着実に広げていきたいと思っています。
また、相棒には海外進出の構想もあり、その思いにも伴走し支えていきたいです。ただ、金融には様々な規制がありますから、適切な方法の見定めが求められます。これは、中期的な目標と言えます。
強みを活かした起業を。起業で得られる面白さを知って欲しい。
起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします
起業を検討されている方は、自分なりに考える自分の強み、その時点で判明している状況などを前提にリスクやリターン(別に金銭的なものに限られません。)を考えられるのではないかと思います。
私自身も起業前にはそのようなことを色々と検討し、自分なりにリターンがリスクを上回ると判断し、リスクをとる決断をしました。それが正解かどうかは今はまだわからないというべきかと思いますが、その時に思ったのは、投資と同じように、リスクを知ることは重要だけれども、それを過剰に恐れていても成功しないのではないかということです。
自分の出身業界を悪く言うわけではないですが、法曹界はかつてほど人気がなくなり、斜陽産業だと言われたりすることもあります。私が大学生だったころは、「とりあえず司法試験に受かればなんとかなる」などとも思っていましたが、時代の変化で状況は変わるため、リスクをとらないのもリスク、という場合もあるように思います。
そういった意味でも、起業を考えられている方については、色々と悩んでいただきたいとは思いますが、同時に適正なリスクをとる勇気というものも持っていただきたい、と思います。
なお、ようやく日本も「スタートアップを支えよう」といった風潮になってきたように思います。我々も色々と利用させていただいていますが、公的な助成の仕組みも整い始めていますし、各種のアクセラレータープログラムもあります。
要するに、今はかつてよりは追い風が吹いている状況といえるのではないかと思っているということです。起業するかどうかで悩まれている方は、こうした点もリスクの分析の考慮に入れたうえで、勝算があると思えるのであれば、ぜひチャレンジをしてみて欲しいと思います。
起業をすると、組織にいるだけではしないような辛い経験をすることがあるでしょう。しかし、それ以上に面白い経験もきっとできるはずです。
最後になりますが、弊社は、私も相棒も40代での起業だったためスタートアップとしては若手ではありませんでした。しかし、若手ではない分、これまでのキャリアというものがあり現在の事業内容もそれを活かしています。このように、人それぞれに強みがあると思います。その強みを武器にして、ぜひ起業にチャレンジして欲しいと思います。
本日は貴重なお話をありがとうございました!
起業家データ:岡本陽平 氏
司法試験合格後裁判官を15年務めた。
退官後、弁護士として法律事務所を経営しつつ、ベータインテグラル株式会社に参画。
企業情報
法人名 |
ベータインテグラル株式会社 |
HP |
|
設立 |
令和元年8月5日 |
事業内容 |
金融経済教育サービスのご提供 人工知能を活用した金融経済教育アプリの開発など |
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