ウェルビーイングについての現在の状況

近年、ウェルビーイングという言葉をよく耳にするようになりました。理由として、社会の変化の中で、幸せや成功に関する価値観が多様化したことも本質的な理由だと思います。また、ウェルビーイングが重要な価値観だと言うことで広く社会や行政においても重視される中で、対応する事業的な機会が広がってきているためでもあると思います。

 

ウェルビーイングを基点に置いたサービスが増えており、個人向けの様々な支援アプリや、人材サービスやコンサルティングなどはもとより、より広い様々なサービス業や、不動産や物販などに至るまで、生活環境に関係する事業でも役立つサービスコンセプトとなっています。また、ウェルビーイングを事業として生かすのみならず、企業経営や組織マネジメントにおいても重要な概念になってきています。ビジネスを進める際や組織の中でウェルビーイングに留意して関係性を構築することが重要であるとされています。

 

 

ウェルビーイングとは何か・ウェルビーイングの要素と具体例

ウェルビーイングとは、世界保健機関(WHO)の定義によれば「肉体的にも、精神的にも、社会的にも、全てが満たされた状態」とされ「持続的に幸福で良好な状態」を意味します。もともとは「幸福」であることを心理的に研究する中で生まれてきた概念です。これを測定したり自身で確認したりして把握することができます。

 

ウェルビーイングはアメリカのギャラップ社が導き出した「ウェルビーイングの5つの要素」に細分化されて捉えられることが多く、それぞれの意味合いや近年の捉え方、またそれぞれの領域に関係が深そうな、有名なビジネス事例についてもお伝えします。組織の運営アイディアや事業アイディアとしてもぜひご活用ください。

 

キャリアウェルビーイング:人生全般のキャリアに関連した幸福感

キャリアウェルビーイングは、仕事だけでなく、人生全体を通じて達成感や充実感を感じられることを意味します。職業上の目標だけでなく、プライベートな側面も含みます。キャリアウェルビーイングはワークライフバランスとも密接に関連しています。人材系のキャリアコンサルティングサービスやWEBサービス等で、個人のキャリア分析を行い、スキルや興味に基づいてキャリアの選択肢を提示し、キャリアウェルビーイングの向上を支援することが多くなっています。

 

ソーシャルウェルビーイング:人間関係の幸福感

ソーシャルウェルビーイングは、職場であれば上司や同僚、部下などの人間関係、さらに友人や家族との関係における幸福感を指します。例えば、企業が社内のチームビルディングイベントを開催することなどが典型ですが、近頃では、社内旅行から職場のワークプレイスまでソーシャルウェルビーイングを向上させる設計として提供されるサービスが行われています。

 

フィナンシャルウェルビーイング:経済的な幸福感

フィナンシャルウェルビーイングは適切な報酬を得られ、不満がない形で資産ができている状態を指します。企業が従業員向けの評価と報酬の透明性を高めることもフィナンシャルウェルビーイングをサポートするものとも言えます。また金融管理アプリなどは個人のフィナンシャルウェルビーイングを向上させるサービスだとも言えます。

 

フィジカルウェルビーイング:心身の健康に関する幸福感

フィジカルウェルビーイングは、従業員が病気や怪我なく、心身ともに健康である状態を指します。フィットネスサービスや、Apple Watchなどのウェアラブルデバイスを活用して健康管理をサポートすること、また精神的な安定に寄与するような瞑想アプリやコミュニティなどでの、メンタル上のウェルビーイングに資する要素も含まれると言えるでしょう。

 

コミュニティウェルビーイング:共同体や地域社会に関する幸福感

コミュニティウェルビーイングは、共同体や地域社会において良好な関係が築けているかどうかを指します。コミュニティへの参加を通じて充実感が得られていることが重要です。ボランティア活動や社会貢献プロジェクトへの参加、環境や社会に配慮した経営の中での貢献意識などもコミュニティウェルビーイングに資するものだと思います。

 

 

ウェルビーイングの測定と活用

ウェルビーイングの測定と把握には、さまざまな方法論が存在します。典型的なものとして、以下のような手法が挙げられます。

 

セルフレポートアンケート:心理的幸福感や生活満足度などの主観的なウェルビーイングを測定するための質問紙です。例えば、キャンベル=ハッピーインデックスや人生満足度尺度などがあります。

 

統計データ分析:経済成長率や雇用率、教育水準、健康指数などの客観的な指標を用いて、国や地域のウェルビーイングを測定します。例えば、OECDが発表している「幸福の指標」がこれに該当します。

 

バイオメトリックス:心拍数や血圧、筋電図などの生体情報を活用して、ストレスやリラクセーションの状態を把握することができます。これにより、ウェルビーイングと身体的健康の関係性を詳しく分析することが可能になります。

 

これらの方法論を活用することで、個人や組織がウェルビーイングを把握し、生活や仕事の仕方を最適化することができます。例えば、個人レベルでは、セルフレポートアンケートを定期的に実施することで、自分のウェルビーイングの変化を把握し、ストレス要因を特定して対処することができます。また、組織レベルでは、従業員のウェルビーイングを測定し、働き方改革や福利厚生の充実など、従業員のウェルビーイングを向上させるための取り組みを行うことができます。

 

ウェルビーイングを測定・把握することで、より良い生活や働き方が可能になり、結果的に個人や組織の価値が向上します。例えば、個人がウェルビーイングを向上させることで、生活の質が上がり、人間関係やキャリアの充実が期待できます。一方、組織がウェルビーイングを重視することで、従業員の満足度や生産性が向上し、組織の継続的な成長が期待できます。ウェルビーイングを活用してこそ、その概念が意味を持つと言えるでしょう。

 

 

起業家や経営者自身にとって最も重要なウェルビーイング

今までに、ウェルビーイングの内容や、個人や組織に役立てる方法、事業アイディアとの繋がりについて見てきました。こうしたウェルビーイングについて筆者が最も思うのは、ウェルビーイングとは、起業家や経営者自身にとって最も重要なものであると言うことです。

 

まず、事業創造や企業経営を行う上で、経営者が自身のウェルビーイングに留意して事業経営に生かしていくことは、今や経営上の重要な要素となっていると思います。たとえば、自分自身のウェルビーイングの実現だということで家族を大切にする中で、生活環境の重要性や育児の課題解決の重要性に気づき、事業内容や、組織や人間関係に活かしていくなどということです。こうした、自分自身の目線での事業や経営の工夫は重要で、成功する可能性も高いものだと思います。

 

何よりも「自分のウェルビーイングの実現を深く考え、事業や起業、経営方針を決める」ということが本当に重要なことだと思います。経営者の偏ったこだわりや他者攻撃に端を発した行動は、いずれうまくいかなくなると私は思います。仮に金銭的な成功が得られたとしても、何よりとても苦しくなり、他者にも苦痛を与えることになります。例えば、競合企業を排除することに執着しすぎた結果、短期的には利益を上げることができたとしても、長期的には顧客からの信頼を失い、業績が悪化する可能性があります。このような状況は、経営者自身のウェルビーイングを低下させるだけでなく従業員や取引先にも悪影響を与えます。

 

事業運営や起業のプロセスでは、不本意なことも訪れることが多くあるでしょう。眠れない夜や、腹が立つこと、自身の無力感にも多く直面します。そういう時こそ、自身のウェルビーイングの観点で何が重要なのかということに直面しているときです。「自分は本当はやりたくないが、事業上の(金銭的な、あるいは取引関係などの関係性による等)合理性からやらざるを得ない」と思い悩む時も多くあると思います。そういう判断をするべき時もあります。しかし、こういう時こそ深い意味で、自分のウェルビーイングに立ち返り、幸福と価値観の根本を見直すことが重要であり、自分のウェルビーイングの根本に基づいた判断をしたのだ、という決意の有無はその後の流れを決めていくように思います。

 

経営者自身がウェルビーイングを大切にしながら経営を行うことで、事業の本質的な成長が可能になるのだと思います。経営者が自分自身の幸福を大切にすることで、従業員や取引先、顧客にも良い影響を与えることができるのだと確信しています。そういう事業は、社会全体のウェルビーイングにも貢献でき、本当の意味での「持続可能性」が実現されていく契機になるのだと思います。企業が持続可能な事業活動を行い、地域社会や環境に良い影響を与えることで、社会全体の幸福感が向上することが期待されます。このような企業は、長期的に見て成長し続けていくのだと思います。

 

ウェルビーイングに関する社会的な動き

ウェルビーイングに関する政策が進められ、社会的な影響の大きな動きも起こってきており、我々の生き方にも、ビジネスにも大いに可能性が広がるものとなっています。

日本においてはウェルビーイングを取り入れた政策が検討されており、働き方改革や地域活性化の一環として注目されています。

 

日本政府と行政のウェルビーイングに関する動き

20217月に「Well-beingに関する関係省庁連絡会議」が設置され、Well-beingに関する取組の推進に向けて情報共有・連携強化・優良事例の横展開をはかることとしています1。また、骨太方針2021において「政府の各種の基本計画等について、Well-beingに関するKPIを設定する。」とされています。これらの取り組みは、日本がウェルビーイングを重視し、政策目標として取り入れていることを示しています。

https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/action/20220621/agenda.html

 

具体的な取り組みは多くありますが、一例として「デジタル田園都市国家構想プロジェクト」が始動しています。複数分野のデータ連携による共助型スマートシティ推進事業が行われています。また、「スマートシティサポーター」のメンバーも募集されており、市や企業からの情報を届け、新しいスマートシティのサービスを体験する機会を作る遂行役だと位置づけられ、地域で暮らす方々のウェルビーイングに配慮した支援を様々に工夫し、地域の活性化や生産性に役立てるものとされています。

 

デジタル田園都市国家構想は、内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局や内閣府地方創生推進室との連携の下、デジタル庁によって進められています。この構想は、「心ゆたかな暮らし」(Well-Being)と「持続可能な環境・社会・経済」(Sustainability)を実現していくものです。具体化の一例として、会津若松市では、「複数分野のデータ連携による共助型スマートシティ推進事業」が行われており、デジタル田園都市国家構想プロジェクトの一環として始動しています。農業に関する自動化や、地方の豊かな自然環境の中で、ウェルビーイングの要素の充実ということをKPI(達成を目指す目標)として、様々に取り組みを進めていく政策パッケージとなっています。

 

 

経済団体や企業におけるウェルビーイングに関する動き

経済団体においても、ウェルビーイングは「ウェルビーイング経営」として取り入れられる動きが大きくなっています。20213月には、有志企業・有識者・団体が「日本版Well-Being Initiative」を立ち上げ、ウェルビーイング経営に関する知見を集約・共有する取り組みが打ち出されました。ウェルビーイング経営は、健康経営の発展形として、従業員エンゲージメントの向上や組織活性化といった社会的要素にも着目し、やりがいを持って生き生きと働ける職場の実現を目指す点が特徴です。

 

例えば、楽天はCWOChief Well-Being Officer)をトップとする組織を立ち上げ、個人・組織・社会の3階層でウェルビーイングを定義し、従業員や組織風土にとどまらず、サービスやデータといった楽天の強みを生かした社会全体のウェルビーイングの向上実現を目指しています。また、丸井グループは中期経営計画において自社の目標としてウェルビーイングを位置づけ、ウェルネス(身体・精神の健康)、ストレングス(自身の強みの発揮)、リレーションシップ(人間関係)、パーパス(目的との合致)の4段階でウェルビーイングの実現に向けた活動をしています。

 

こうした「幸福につながる本質的価値」、ウェルビーイングが重視される社会の中で、ウェルビーイングを自身も重視しながら事業や社内や取引先に活かすことは、大きな発展の契機になり得ると思います。

 

 

ウェルビーイングの開く未来

ウェルビーイングは、個人や企業、社会全体の幸福度を向上させる重要な概念です。これを活用した政策や事業が進められることで、働き方や生活環境が改善され、持続可能な未来が築かれていくのではないかと思います。

 

ウェルビーイングに関する生活と経済の発展の方向性

ウェルビーイングに基づく研究やイノベーションが進むことで、さらなる発展が期待されており、テクノロジーとの融合も進むでしょう。教育、医療、福祉など社会のあらゆる分野でウェルビーイングが広がり、子どもから高齢者まで、あらゆる年代の人々がより良い生活を送ることができるようになることが期待されています。

 

また、ウェルビーイングの視点から政策やサービスを開発することで、新たな市場やビジネスチャンスが生まれることが予想されています。ウェルビーイングに関する専門家やコンサルタントが様々な領域で求められていると言えますし、またウェルビーイングに特化した商品やサービスは価値が本質的であり、時代の潮流に乗っていく根本の理由になるのではないでしょうか。

 

ウェルビーイングの研究と技術、経営の方法論への導入

ウェルビーイングを取り入れた研究も盛んに行われています。例えば、ポジティブ心理学は、人々が幸福感や充実感を感じる要因を研究し、ウェルビーイングの向上策を提案しています。また、神経科学や生物学の分野でも、ウェルビーイングに関連するホルモンや脳内物質の働きが研究されており、今後さらなる発見が期待されています。

 

未来のウェルビーイングは、テクノロジーとの融合も進むと思われます。例えば、ウェアラブルデバイスやスマートフォンアプリを使って、個人のウェルビーイング状態をリアルタイムで把握し、適切なアドバイスやサポートがさらに深い形で提供されるようになっていくのではないでしょうか。

 

そのようなウェルビーイングに関する情報が、AIやロボティクスの発展により分析され、労働環境が改善されることに繋がったり、人々のウェルビーイングにも好影響がもたらされたりすることが企業経営においても目指されています。これは、「人的資本経営」と呼ばれる概念で、エンゲージメントやウェルビーイング、前向きで幸福・充実した意識で働く事を重視していく動きが進んでいます。

 

今回は、ウェルビーイングに関する定義と現状、今後の可能性について全般的に見てきました。ウェルビーイングは、起業や事業創造の上でも、自身がよりよく生きるためにも、今後を生きる私たちにとって鍵となる概念です。

ライター紹介
松井勇策

フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表 社会保険労務士・公認心理師

情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門:人的資本経営・AI等先進雇用対応)

 

時代に応じた先進的な雇用のあり方について、企業向けのコンサルティングや情報発信などを多数行っている。人的資本経営の導入コンサルティング・先進的なAIDX対応の雇用環境整備・国内の上場やM&Aに対応した人事労務デューデリジェンスなどに多くの実績がある。ほか伝統思想と、現代の経営・雇用・キャリアの融合知見を大学院等で研究中。

 

著書「現代の人事の最新課題」「人的資本経営と開示実務の教科書」シリーズほか。

東京都社会保険労務士会 先進人事経営検討会議  議長・責任者、人的資本経営検定 監修・試験委員長。

 

フォレストコンサルティング経営人事フォーラム https://forestconsulting1.jpn.org/

人的資本経営検定

https://www.kaiketsu-j.com/index.php/toolbox/11588-human-capital-basic

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