「スタートアップ企業」は何か・現代的な意義

スタートアップ企業とは、一言で述べると、新規に設立され、一瞬で躍進する可能性を秘めた企業であると言えます。全ての組織の仕組み、事業の仕組みが「柔軟性と大規模な拡大」をもとに設計されていると言え、特に急成長を狙って有望な市場とビジネスモデル、大規模な投資を受ける機会を模索していると言えます。

 

こうしたスタートアップ企業の概念について広く認知されている定義の一つは、シリコンバレーの起業家であり投資家でもあるスティーヴ・ブランクが提唱したものです。彼は「アントレプレナーの教科書」等の多くの著書の中で、スタートアップ企業を「繰り返し可能かつ規模拡大可能なビジネスモデルを検証・探求する一時的な組織」と定義しました。彼のこの定義は、スタートアップ企業が成長と革新を目指す組織である特性を強調しています。

 

 

 

 

 

 

 

その他、エリック・リースの「リーンスタートアップ企業」(同名の書籍も有名です)の概念もスタートアップ企業の理解に大きく寄与するものだと思います。コストをかけずに製品・サービス・機能を持った試作品を短期間でつくり、顧客の反応を的確に取得して、一定の確証が得られたら大規模に拡大させるような経営モデルを提示しています。

 

 

 

 

 

 

 

現代社会において、スタートアップ企業は経済成長やイノベーションの源泉となっており、これが経済全体の活性化に大いに寄与しています。また、スタートアップ企業の目的として一定のマーケットを短期間で押さえ切るという、急成長を伴うビジネスモデルの構築です。そのために新しいアプローチを取り、多様なアイデアや独創的な技術を市場に投入します。これらのイノベーションは新たなビジネスチャンスを創出し、経済全体の成長を加速する原動力となります。

 

 スタートアップ企業の風土と文化

スタートアップ企業は、その企業文化や働き方においても一般のビジネスや企業とは異なる特性を持っています。従来の大企業とは異なる働き方や組織風土を持っていることは、新しい働き方やキャリアの可能性を広げ多様性を尊重する風土を生み出します。彼らは革新的な考え方と新しいアプローチを導入し、従来のビジネスモデルが提供できなかった可能性を実現します。スタートアップ企業は、組織的な自由度を最大限に引き出し、個々の才能と創造性を解き放つことで、その急成長を実現します。

 

これら全てが、スタートアップ企業が現代社会で果たす役割とその意義だと言えます。新規のアイデアを創出し、それを形にすることで新しい市場を生み出したり既存の市場に変革をもたらしたりします。そして、その過程で生まれる新たな雇用や経済の活性化は社会全体に対する彼らの貢献となります。

 

それと同時に、スタートアップ企業の存在は、既存の大企業や業界全体にとっても重要な意義を持っています。新規参入者であるスタートアップ企業が新しい技術やビジネスモデルを市場に持ち込むことで、既存の企業も新しい可能性を追求することを余儀なくされます。つまり、スタートアップ企業は競争を刺激し、全体の産業の進化を加速する役割も果たしています。

 

さらに、スタートアップ企業の働き方や組織風土は新たな働き方の可能性を広げる一方で、従来の雇用形態や働き方に対する挑戦という側面があります。フラットな組織構造、リモートワーク、フレキシブルな働き方などスタートアップ企業特有の風土は、今後の働き方のあり方を示すモデルケースとも言えます。こうした特性は広く認識されていると言え、たとえば経済産業省が2022年に発出し、日本の組織の実態を記載し有名になった「未来人材ビジョン」でも、スタートアップ企業の組織風土や制度等が先進的であることの記載があります。

このようにスタートアップ企業は、新たな価値創造の源泉として、新たな経済活動の創出者として、現代社会において不可欠な存在となっています。それらが新しい働き方やキャリアの可能性を広げ、それを通じて社会全体の活性化に寄与しています。このような観点からスタートアップ企業の存在とその意義は、ますます重要となっていくことでしょう。

 

 スタートアップ企業の「特異」な人材戦略

スタートアップ企業というのは存在自体が革新的であることを表すものです。人材戦略においても同様の特徴を持つものです。具体的には、スタートアップ企業は独自のビジョンや文化を持つだけでなく、それを実現するための組織構造と人材の配置を計画することが挙げられます。これは、大量投資により一気に成長することを目指すため、あらかじめ急成長まで見越した要員計画や時期ごとの増員まで綿密に設計するという特性から来ています。

典型的な例として、アメリカのUberはスタートアップ企業の初期段階で、多くのエンジニアやマネージャーを大量に採用し、同時に市場の拡大に対応するためのインフラを整備しました。また、Airbnbも、始めから大量の投資を受け入れ、全世界への急速な展開を可能にするために必要な人材とリソースを獲得することに成功しました。日本のスタートアップ企業、メルカリもまた、急速な事業拡大のために人材採用を大規模に行い、短期間で組織体制を拡大しています。

 

これらの企業の例が示すように、通常の成長では、少しずつ成長しつつトライアンドエラーを続けて人事に関しても試しつつ調整しつつ工夫していくのとは異なり、スタートアップ企業はゼロから短期間で企業文化や大量の人員の組織を生み出すことが求められます。少なくともそれを想定して全ての計画を進めるものです。これは困難なことではありますが、その一方でゼロベースから作るゆえに、新たな可能性が広がるところでもあり、特に過去のしがらみがない組織を作ることができるなど長所も多くなり得ると思います。このような特性は、スタートアップ企業が急速な変化と成長を実現する上で重要な要素となります。

 

また、スタートアップ企業は従来の企業とは異なり、ほとんどの場合にフラットな組織構造が特徴となっています。これは、情報共有のスムーズさを創り出し、迅速な意思決定を可能にするためです。このフラットな組織構造により、個々の従業員が自らのアイデアや意見を活かしやすい環境が生まれ、それが組織全体の創造性やイノベーションを高める効果を生んでいます。

有名な事例として、米国のスタートアップ企業、Netflixは自社のコーポレートカルチャーとして「Freedom and Responsibility」を掲げ個々の従業員に高い自由度と責任を与えることで、創造性と自己成長を促していることなどは有名な例です。またTeslaはエンジニア主導の文化を持ち、製品開発のためのアイデアを広範に募り組織全体のイノベーションを推進しています。このような環境は、従業員の自己成長やキャリアアップを促進するとともに、組織全体の創造性やイノベーションを高める効果があるものと思います。

 

スタートアップ企業が優秀な人材を引き寄せる力を持っているのは、こうした組織風土や制度によるところも大きいと言えます。また、こうした組織風土や制度は広報されると広く拡散も可能な魅力を持っていることが多いと言え、広報やブランディングを成立させる重要な要素ともなります。

 

 上場やM&Aを目指す場合の雇用の整備とプロセス

スタートアップ企業が上場やM&Aを目指す場合、雇用の整備が重要な要素となります。これは企業価値を高めるだけでなく、スタートアップ企業が一気に急成長を遂げるというビジョンの実現にも不可欠な要素です。具体的には、適切な給与体系や福利厚生の整備、社内制度の構築が求められ、それぞれが企業の競争力を高め、投資家やマーケットに対する魅力を増す効果があります。これらの要素はスタートアップ企業のアイデンティティを形成し、その成長と共に強化されるべきです。

 

また、上場やM&Aを成功させるためには、人事計画の精度が問われます。具体的には、現状の人材と必要な人材を的確に見極め、その差分を埋めるための戦略を綿密に設計する必要があります。その中には、将来的な事業拡大や組織の成長を見据えた人材育成プログラムも含まれます。ここで重要なのは、スタートアップ企業がその規模と相応しい人事計画を構築し、その後の急成長に対応できる組織を作ることです。

この点についても有名な例を挙げると、Googleの初期には、エンジニアを中心とした少数のメンバーで運営されていましたが、成長とともに組織が大きくなり、役割が細分化されると、組織構造や人事制度を見直し、新たに多様な職種の人材を積極的に採用しました。さらに、彼らは新人教育プログラムを充実させ、自社のビジョンや文化を受け継いでいく体制を整備しました。こうした、成長に応じた多段階の整備には多くの先行事例があります。

 

一方で、こうした急速な組織の変化と成長には、それなりのリスクも伴います。特に、人事面での問題は上場やM&Aに大きな影響を与える可能性があります。例えば、急速な成長に伴い、労働時間管理や残業代支払いに不備が生じ、それが社員のモチベーション低下や法的なトラブルに繋がる可能性があります。そうしたリスクを回避するためには、リスクマネジメントが求められます。前の章で上げたUberの例では、急激な成長と共に出てきた人事問題がブランドイメージを損ね、結果的に企業価値を低下させる事態となったことは世界的に知られるようになりました。こうした、柔軟でフラット、創造性のある組織風土とガバナンスの両立ということは、スタートアップ企業の経営と人事において重要なところです。

 

「スタートアップ企業の働き方」広報上の有用性 ~ブランド戦略は必須

スタートアップ企業の爆発的な成長を遂げる要素として、卓越した製品やサービスだけでなく、強固な組織文化と賢明なブランド戦略が欠かせません。

 

スタートアップ企業が成功を収めるためには、その存在理由や追求する世界観、達成したいミッションをまず根本において強く持っていることが前提になります。その上で、組織はそれらを達成するために構成され、経営戦略と人材戦略が一体となったものとして示されるものだと思います。

 

そのように作られたスタートアップ企業の組織は、存在理由・世界観・ミッション等を表すものとしてブランド戦略を形成する上で極めて重要な役割を果たします。組織の体制や制度、どのような人が働いているのか、どのような魅力があるのか、個々の従業員がどのように活躍しているのか、経営者を含む個人のビジョンや人間性がどのようなものなのかを示すことが重要な位置づけとなります。

 

歴史が長い大企業であれば、商品やサービス、企業のブランドイメージが一定のブランドを確立している場合が多いのですが、そういった既存の資産のないスタートアップ企業は、組織の特殊性とも相まって、組織的なブランド戦略は非常に重要な位置づけだと言えるでしょう。

これらの組織や人材によるブランド戦略と活動を通じて、スタートアップ企業は自らの存在価値と市場での立ち位置を明確にし、組織の目的やビジョンを実現するための基盤を築くことができるのだと言えます。急成長するスタートアップ企業は組織の広報に力を入れることが多いものですが、それは効果性が高く、かつ働く人々の求心力を高めることもできるからです。つまり、スタートアップ企業においては「組織のあり方」「働き方」が、その事業内容やミッションと一体のものとして自社のアイデンティティを示すのだと言えます。

 

スタートアップ企業と行政・スタートアップ企業と既存企業の「越境」によるイノベーション推進

近年、スタートアップ企業への関心が高まりつつあり、行政や既存の企業もその可能性と成長を見守りつつ、さまざまな形で支援策を展開しています。日本の行政では「スタートアップ企業育成5か年計画」を立案し、スタートアップ企業への投資額を現状の8,000億円規模から10倍超の10兆円規模に増やすことを目指しています。また、将来的にはユニコーン企業を100社、スタートアップ企業を10万社創出し、日本をアジア最大のスタートアップ企業ハブにするという野心的な目標も掲げています。

 

この5か年計画は大きく3つの柱から成り立っており、それぞれに具体的な取組が設けられています。

1. 「スタートアップ企業創出に向けた人材・ネットワークの構築」: この柱のもとで、行政は「メンターによる支援事業の拡大・横展開」や「大学・小中高生でのスタートアップ企業創出に向けた支援」、「グローバルスタートアップ企業キャンパス構想」などの取組を推進しています。これらの取組は、人材の育成とネットワークの形成を通じて、創業意欲を持つ個人や団体がスタートアップ企業として飛躍できる環境を整えることを目指しています。

 

2. 「スタートアップ企業のための資金供給の強化と出口戦略の多様化」: 資金供給の面では、官民ファンド等の出資機能の強化や個人からベンチャーキャピタルへの投資促進、銀行等によるスタートアップ企業への融資促進などの取組が進められています。また、出口戦略の多様化に向けては、IPO プロセスの整備や特定投資家私募制度の見直し、未上場株のセカンダリーマーケットの整備などが行われています。

 

3. 「オープンイノベーションの推進」: この柱では、公募増資ルールの見直しやスタートアップ企業への円滑な労働移動、大企業とスタートアップ企業のネットワーク強化などの取組を通じて、既存の企業とスタートアップ企業の間での共創やイノベーションを推進しています。

 

これらの5か年計画の取り組みは、行政のスタートアップ企業への注目と重視の姿勢を示しています。スタートアップ企業が持つイノベーションの可能性と経済成長への貢献は大いに評価され、その発展と成功に向けた支援が行われています。それぞれの取組が具体的に実施され、目標が達成されることで、日本はアジア最大のスタートアップ企業ハブとしての地位を確立することを目指すものとしています。

 

さらに、大企業の中にもスタートアップ企業との協業や連携に価値を見出す動きが広がっています。技術革新や新たなビジネスモデルを求める各部署で、外部のスタートアップ企業とのパートナーシップを視野に入れています。これは、「越境」などと呼ばれ、大企業とスタートアップ企業両社にメリットが大きいものとして動きが広まっています。大企業側では、スタートアップ企業の革新的な知見が手に入る可能性があり、組織風土が刺激を受けることができます。スタートアップ企業にとっては、大企業の資金力や人材力、基礎技術やブランドを活用できます。こうした動きは今後も広まっていくものと思われます。

 

 

スタートアップ企業とともに、スタートアップ企業を創造して生きる

スタートアップ企業という組織は、その本質からして全く異質な存在であり、既存の社会的価値観を越えて新しい価値を生み出すことを追求する団体です。新たな視点から問題解決に取り組み、革新的な製品やサービスを市場に提供し、従来の枠組みを超えた新しい世界を描くための舞台です。しかし、その道のりは困難に満ちており、成功するまでには多くの試練が待ち受けています。それでも、この挑戦を果たし、新しい価値観を現実に引き寄せることができる企業は存在します。

個々のキャリア形成の観点からも、スタートアップ企業は注目に値します。スタートアップ企業では、従来の大企業では得られない経験やスキルを獲得する機会が広がっています。柔軟な思考やリーダーシップ、技術革新など、これからの時代を牽引する能力を身につけるための場としてスタートアップ企業は非常に魅力的です。また、自らがスタートアップ企業を創設するという道を選ぶことは自分のアイデアや技術を世に問う大きなチャンスであり、社会に対して直接的な影響を与えることが可能であると思います。

 

現代社会では多様性と変化が求められており、個々の能力を最大限に発揮しつつ、自由でクリエイティブな働き方を追求する人々にとって、スタートアップ企業は非常に魅力的な選択肢となっています。さらに、スタートアップ企業での経験は、個々のキャリアの発展を助け、より広範で深遠な影響を及ぼすスキルの育成とネットワークの構築に繋がります。これにより、各々のキャリアパスは多様性を増し、可能性が広がることとなります。

 

このように、スタートアップ企業は現代社会における非常に重要な存在であり、その意義はこれからも増大していくことでしょう。彼らは新たな価値を生み出し、社会を前進させ、個々のキャリアの可能性を拡大させます。そのため、スタートアップ企業とともに、そしてスタートアップ企業を創造して生きることは、私たち一人ひとりにとって、そして社会全体にとって、深遠な影響を及ぼし、大きな可能性を秘めているのだと言えるでしょう。

ライター紹介
松井勇策

フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表 社会保険労務士・公認心理師

情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門:人的資本経営・AI等先進雇用対応)

 

時代に応じた先進的な雇用のあり方について、企業向けのコンサルティングや情報発信などを多数行っている。人的資本経営の導入コンサルティング・先進的なAIDX対応の雇用環境整備・国内の上場やM&Aに対応した人事労務デューデリジェンスなどに多くの実績がある。ほか伝統思想と、現代の経営・雇用・キャリアの融合知見を大学院等で研究中。

 

著書「現代の人事の最新課題」「人的資本経営と開示実務の教科書」シリーズほか。

東京都社会保険労務士会 先進人事経営検討会議  議長・責任者、人的資本経営検定 監修・試験委員長。

 

フォレストコンサルティング経営人事フォーラム https://forestconsulting1.jpn.org/

人的資本経営検定

https://www.kaiketsu-j.com/index.php/toolbox/11588-human-capital-basic

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