2024年にかけては少子高齢化への対応・人的資本経営等の重要政策の徹底・グローバル雇用市場への対応等を軸としたさまざまな雇用政策や法改正が予定されています。こうした様々な政策は、起業にとってまたとないチャンスになります。

 

政策が動くところでは必ず変化が起き、また社会の変化に合わせた様々な企業の動きがあり、また公的な補助金・助成金などの直接な投資は必ず政策との連動において行われます。そして、政策の動きは必ずしも世の中全体で細かく知られているわけではなく、新聞等の報道も部分的に実施時期に集中して行われるものです。そのため、行政の情報を精緻に見ていくと公開されている情報であるわりに、あまり知られていない、独占性の高い情報になることも多いため事業における優位性になることが多いものです。

 

本稿では、特に雇用系の政策にスポットをあてて、今後、2023年中から2024年にかけて行われる予定となっている政策と、政策から考えられる起業や事業発展への活用の仕方について解説します。政策や法改正自体は概要のみとし、専らそれによってもたらされる動きや活用に注力してお伝えします

 

総論:多様化な働き方・人的資本経営・グローバル化や新技術対応

まず全体的に見ると、少子高齢化への対応を行い、かつ世の中がいっそう複雑で変化が早くなっていることに合わせた、「多様な働き方」を促す動きが大きく様々に見られます。

 

こうした「多様な働き方」が促進される傾向は、2017年頃に始まった「働き方改革」から変わらずに続いている流れだと言えますが、2022年から急に政策として大きな扱いになってきた「人的資本経営」の政策により、単なる雇用ルールの域を超え、経済政策全体を包括し革新するものへと大きくその範囲が広がっています。こうした動きが、企業・働き方・生活のどこにどのように影響を与えていくのかを把握しておくことは事業への活用を行う上で大変有益だと言えるでしょう。

 

また、グローバル化や新技術への対応なども政策的に注力されるポイントになっています。そして、スタートアップへの注力が政策的にも大きくうたわれています。しかしながら、こうした動きは社会的に広く公開される形の支援ではないところがあり、特に事業への活用については相当に計画的な動きか、こうした社会的な動きを広報に活かすなど、ひと工夫が必要な場合も多いものと思います。この辺りについても解説して参ります。

 

では、具体的に次のような項目ごとに説明して参ります。前編ではこれらのうち、「1 多様な働き方の進展 働き方改革系」「2 多様な働き方の進展 ダイバーシティ系」について解説をしていきます。

 

1 多様な働き方の進展 働き方改革系

  ・賃上げの促進と税制関連の改正

  ・社会保険対象者の拡大

  ・建設・運送業・医師等の働き方改革の実施 ~2024年問題関連

 

2 多様な働き方の進展 ダイバーシティ系

  ・上場企業の役員比率の目標設定

  ・男女賃金の差の開示対象の拡大

  ・こども未来戦略方針の実施

 

2 多様な働き方の進展 リスキリング系

  ・リスキリングの強化の新制度

  ・雇用調整助成金の見直し

  ・専門実践教育訓練の拡充

  ・労働条件通知書の要件変更

  ・三位一体の労働市場改革

 

4 グローバル化や新技術対応など

  ・高度人材の政策

  ・技能実習制度等の見直し

  ・スタートアップ5か年計画

  ・女性起業家支援

  ・AI利用の加速化

 

1 多様な働き方の進展 働き方改革系

(概略)

建設や運送業界、また医師に関して猶予されていた労働時間に関する制度の適用が行われ、2024年問題といわれる雇用課題と密接に繋がっています。さらに業種横断で大きな賃上げが断行されるものとされています。また、社会保険の対象拡大が2022年に引き続いて再度行われます。こうした改革は、多様性をもって持続可能な働く環境づくりを目指して行われるものであり、また日本にあるとされる長時間労働を助長する文化の変革を行うことも目的となっています。それぞれ、法改正等を含む具体的な政策であり、社会的な影響が大きなものばかりです。

 

 ・賃上げの促進と税制関連の改正

 ・社会保険対象者の拡大

 ・建設・運送業・医師等の働き方改革の実施 ~2024年問題関連

 

・賃上げの促進と税制関連の改正

多様な働き方を実現し経済成長や産業競争力を牽引するものとして、賃上げが促進されています。少子高齢化の中での雇用人口を増やし、雇用基盤を確立するものとされています。これらは、後編で後述する「三位一体の労働市場改革」の中でも賃上げは重要な軸となり、業種横断での賃上げを進めるべく、多くの施策が行われることになっています。「賃上げ税制」と呼ばれる、賃上げを行った事業主についてはその分の負担が控除される仕組みは代表的なものです。また、通常は10月に行われることが多い、最低賃金に関する改正では、大きな賃上げが行われることとされています。

 

・社会保険対象者の拡大

2024年10月には社会保険対象者が拡大され、20時間以上の労働時間の方(他にも賃金額等の要件あり)が、50人超の企業に勤務している場合は基本的に社会保険に加入することが義務化されます。この政策は、2022年に100人超規模に拡大があった後の第二段階目の拡大策となります。社会保険料は、企業側から見ると、従業員負担分も合算すると賃金額の30%程度の巨大なものですので、公的負荷が大きく増えることになります。制度目的としては、少子高齢化が進む社会において、より多様な方々に対して社会保険の拡大を図るためということになります。

 

・建設・運送業・医師等の働き方改革の実施 ~2024年問題関連

2019年に働き方改革関連法により、年720時間等の残業時間の上限規制ほか、様々な労働時間の規制が設けられました。こうしたルールの適用が、建設・運送・医師などの業種においては労働力の不足や対応の必要性等の業界的な特殊性から免除されていたのですが、20244月に規制が拡大することになります。

それ以外の業種よりも緩和された基準ではありますが、こうした業種にも規制が適用されることとなり、事業運営の仕方などを含め様々な工夫が必要になります。建設業や運送業の「2024年問題」と言われているのは、このような規制の適用や、構造的な若手を中心とした人材不足などにより、これらの業種の維持や技能の継承に問題が生ずることを言います。

 

(起業家はどのように生かせばよいか)

多様な働き方の促進に伴い、本項目で見たような、業職種問わず様々な変革が行われます。特に、BtoBの法人向け事業を立ち上げる場合、次項以降のダイバーシティやリスキリングを含む人的資本経営とともに、企業への大きなアプローチのきっかけとなることが考えられます。

 

たとえば、法人系の何らかのサービスを行う場合、それが建設業や運送業を射程に含むものであれば、「2024年問題への対応」を行うことで新規提案が格段にしやすくなったりする効果があるでしょう。たとえば比較的よくある起業の商材である、WEB系のツール販売などを行う場合、「2024年問題にともなって増えると思われるニーズへの対応を厚くし、その企業での顧客ロスや対応を充実させるサービスを行っている」ことなどは、トピックとして大きな付加価値になると思われます。

 

ほか、提案時に賃上げや社保関係の様々な変化については、企業への財務面のサポートで、定型的に対応できるものとして効果があるものと考えられます。たとえば人材紹介などを行う場合、賃上げを行った場合の賃上げ税制の仕組みを企業に伝達したり、社保拡大時の十全なサポートをうたうことなどで競合と差別化したりするなどです。

 

このように、雇用の制度改革時には、情報が混乱する場合がありますが新規ルールに関しては社会的に認知が低いわりに定型的なルールである事も多いため、法人系事業に実装することは大きな効果があります。ほか、カスタマー向け事業においても、一般生活者にとって大きな関係を持つようなニュースについては働き方の情報と一緒に提案することで拡散性を向上させることができます。たとえば社会保険の適用拡大は、従来はアルバイトなどで社会保険加入の必要がなかった層に適用が拡大することが考えられますが、何らかの女性向けのサービスで、このニュースについても配信することで閲覧度を上げたりするようなビジネス上の情報利用が考えられます。

2 多様な働き方の進展 ダイバーシティ系

(概略)

「新しい資本主義」の軸となる政策として、人的資本経営が進められています。20233月末決算から上場企業の情報開示が開始されましたが、2023年から2024年にかけて、特に女性活躍と関係するダイバーシティ関係の政策について、さらなる充実が検討されています。人的資本経営と関連する政策は、それぞれの企業での多様な働き方の確立とキャリアの自律が目指されています。そういう中で、ダイバーシティ関係の施策は重要度の高いものであると言えます。

 

 ・上場企業の役員比率の目標設定

 ・男女賃金の差の開示対象の拡大

 ・こども未来戦略方針の実施

 

・上場企業の役員比率の目標設定

上場企業については、2021年のコーポレートガバナンスコードの変更以降には役員比率を開示するルールとなっています。また、20233月決算以降に女性管理職比率の開示義務が加わっています。こうした中で、女性等の多様性を確保することは国際的にも重視されています。特に、上場企業の女性役員比率について、今までは極力向上させること、という形だったのですが、30%等の具体的な目標を設定する可能性があるとの形で、政策上の予告がされています。どういった形のルールとなるか分かりませんが、少なくとも比率向上が行政からの発信で一層求められることになりそうです。

 

・男女賃金の差の開示対象の拡大

女性活躍推進法のさらなる拡大と改正の可能性があるものとされています。

2021年に女性活躍推進法が省令改正され、100人超の企業は、女性活躍の目標を立てて開示することが求められることになりました。また20227月にさらに省令の改正が行われ、300人超の企業には、男女の賃金差の差を一定の方法で計算して開示することが義務化されました。

 

女性活躍推進法は全企業に努力義務となっており、女性の活躍について事実を把握し、活躍のための行動計画を立て、測定する指標と目標を設けて公表する法令です。この法令の中の、現在は300人超の企業に義務付けられている男女の賃金の差のルールが100人超にまで拡大される予定となっています。

 

・こども未来戦略方針の実施

政府は20236月に「異次元の少子化対策」実現のための、こども未来戦略方針を閣議決定しました。若い世代の所得を増やし、社会全体の構造・意識を変え、全てのこども・子育て世帯を切れ目なく支援すること、の3つを柱とする総合的な政策で、特に具体的な政策パッケージである「加速化プラン」は3年間で3兆円以上の投資がされることとなっています。内容としては、大きく分けると以下のようなことを主題とする様々な政策を迅速に進めるものとされています。

 

①児童手当の拡充や出産等の経済的負担の軽減で公的扶助を創設・増額すること

②高等教育費の負担軽減策として、貸与型奨学金の増額など

③「年収の壁」、育児期の母親が扶養の範囲内でしか働けない問題への対応

④全ての子育て家庭を対象とした保育の拡充

⑥男性育休の取得促進

⑦柔軟な働き方の推進、男女の育児協力の情報発信、テレワークを事業主の努力義務とする検討等

 

(起業家はどのように生かせばよいか)

女性活躍や育児支援については、2022年の育児介護休業法の改正で、全企業で、適切な方法で育児制度について広報することや、社内のロールモデルとなる事例を調査共有することなどが法制化されています。引き続き制度の改定が行われており、社会的に重視されているものとなります。

 

特に大企業において、社内の年齢別人員構成から見て、団塊ジュニア世代の人数が非常に多いことが多く、この年代が退職前の年齢になってくると人員数が大きく減り、社会的に人員不足の時代に近づくことが目に見えている状態です。こうした中で、女性のいっそうの活躍を目指すことは実情としても必須であるという認識を持つ企業が多いものと言えます。

 

こうした中で、法人系のサービスにおいて、女性活躍支援のマーケットは非常に有望な市場だと思います。別の原稿でも記載しましたが、(https://venture.jp/news/2023/07/31/3669/)下記のような様々な事業の参入余地が広がっていることを一例として示しました。こうした事業において、特にダイバーシティ系の法令や制度との連動性を持つことは必須でしょう。こうしたサービスの信頼性の高い支援、時流に応じた発信等と対応を行っているベンチャー企業は急成長をしているという実例も多くあります。

 

①ダイバーシティ教育

②育児支援

③キャリアコンサルティング

④女性専用コワーキングスペース

⑤女性向けフィットネスビジネス

⑥女性リーダーシップトレーニング

⑦女性向けフィンテック

⑧メンタルヘルスサポート

⑨女性向けネットワーキングイベント

⑩テレワークソリューション

 

こうした直のサービスを行わないとしても、対企業向け・生活者向けのあらゆる事業において、何らかの意味で女性活躍、ジェンダーダイバーシティの支援と関連をもって事業を進めることは事業拡大に繋がる大きな意味合いがあるものと言えると思います。フェムテックと呼ばれる、女性活躍を推進するための様々な技術領域もまとまった技術領域として一般的にも認知を上げています。

 

「多様な働き方の進展 リスキリング系」「グローバル化や新技術対応など」については後編に続きます。

 

 

ライター紹介
松井勇策

フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表 社会保険労務士・公認心理師

情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門:人的資本経営・AI等先進雇用対応)

 

時代に応じた先進的な雇用のあり方について、企業向けのコンサルティングや情報発信などを多数行っている。人的資本経営の導入コンサルティング・先進的なAIDX対応の雇用環境整備・国内の上場やM&Aに対応した人事労務デューデリジェンスなどに多くの実績がある。ほか伝統思想と、現代の経営・雇用・キャリアの融合知見を大学院等で研究中。

 

著書「現代の人事の最新課題」「人的資本経営と開示実務の教科書」シリーズほか。

東京都社会保険労務士会 先進人事経営検討会議  議長・責任者、人的資本経営検定 監修・試験委員長。

 

フォレストコンサルティング経営人事フォーラム https://forestconsulting1.jpn.org/

人的資本経営検定

https://www.kaiketsu-j.com/index.php/toolbox/11588-human-capital-basic

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