株式会社ケアサクラ 代表取締役 橋本 謙太郎

インドネシアでの駐在経験を持ち、外国人介護人材の紹介・育成事業を手がける橋本代表。「ただの出稼ぎではなく、介護への志を持った人材を届けたい」という強い信念のもと、1,500件以上の送り出し機関を自ら精査し、質にこだわった人材紹介を展開しています。掃除機の使い方から郵便ポストの開け方まで、生活の細部にわたるサポートを惜しまないその姿勢の原点には、海外で一人奮闘した自身の経験がありました。今回は、株式会社ケアサクラの事業内容と、その根底にある思いについて伺いました。

「介護への志」がある人材だけを送り出す。質にこだわり抜いた外国人介護人材の紹介と教育

事業の内容をお聞かせください

弊社は、医療・介護分野を中心とした外国人人材の紹介および育成支援サービスを展開しています。大きく分けると、外国人介護士の紹介事業と、教育事業の2つが柱になっています。

 

紹介事業においては、質へのこだわりが最大の特徴です。日本に来る外国人介護士の方々は、来日前に母国で介護技能評価試験、介護日本語評価試験、国際交流基金 日本語基礎テスト(または日本語能力試験N4以上)という、来日に必要な3つの試験に合格するまでおおむね350〜600時間程度の学習を行なっていますが、弊社では母国の学校で日本人の介護福祉士が直接指導しているスクールで、およそ1,000時間の学習を終えた卒業生に限定してご紹介しています。

 

送り出し機関は海外に無数に存在しますが、質にはかなりの差があります。面接の場で自己紹介だけを暗記して臨むケースも珍しくない中、弊社がご紹介する方々は「右半身麻痺の方にはどのような介助をしますか」「食事介助で気をつけるべきことは何ですか」といった、専門的な質問にもしっかりと回答できる水準の人材ばかりです。

 

もうひとつ大切にしているのは、その方が介護に対してどのような思いを持っているかという点です。ただ家族への仕送りのために来日するのではなく、「将来、母国で介護施設を経営したい」「家族が要介護になった時に自分で支えられる人材になりたい」といった志を持った方々を紹介しています。

 

もう一つの柱である教育事業では、eラーニングプラットフォームを活用したオンライン授業を提供しています。コースは「介護コース」と「現場支援コース」の2つですが、いずれも受け入れ企業の課題である「離職防止」と「定着率向上」に直結する内容となっています。

 

介護コースでは、国家資格合格を目標とした学習支援を行っています。特定技能外国人の在留期間は最長5年ですが、介護福祉士資格を取得すればその上限がなくなり、日本での永続的な就労が可能になります。

 

つまり、資格取得への徹底したサポートこそが、離職を防ぎ、現場の核となる人材を長期間確保するための鍵なのです。雇用の安定が現場の「力」となり、それが施設の繁栄へとつながっていく。私たちはそう信じて、専門性の高い教育を提供しています。

 

現場支援コースは他社にはない独自の強みがあり、日本語講師と介護福祉士のダブルライセンスを持つ講師が担当しています。彼女は長年外国人に日本語を教えてきたプロフェッショナルで、教材を日本語能力のレベルに合わせて調整できるのが大きな強みです。

 

一般的な日本人講師では、授業で使う言葉がN3レベルなのかN4レベルなのかを判断するのは難しいのですが、日本語教育の専門家だからこそ、生徒にとってわかりやすい学習教育が可能になっています。

 

現在の事業を始めた経緯を教えてください

このプロジェクトに携わり始めたのは2019年の終わりからで、もう6年ほどになります。もともと前職のインフォコムという会社に入社した際、インドネシア法人の立ち上げを任され、3年半にわたって現地に駐在していました。

 

2019年に帰国した後も、インドネシアに関わるビジネスを続けたいという思いがあり、グループ内で活かせるプロジェクトを探していたところ、子会社のスタッフプラスが日本人介護職の紹介を行っていることを知りました。

 

ちょうどその年の4月、特定技能ビザが新設されたこともあり、「外国人介護士の紹介もできるのではないか」と子会社に声をかけたところ、「やりたいがコネクションがない」ということで、一緒に事業を立ち上げることになりました。

 

コロナ禍では外国人が入国できない時期が続きましたが、その間にインドネシアやミャンマー、フィリピンなど各国の送り出し機関を片っ端から調査しました。連絡した数は1,500件以上にのぼります。その中から本当に質の高いパートナーだけを厳選し、コロナ明けからの本格稼働に備えました。

 

コロナ明け以降は本格稼働へと移り、着実に実績を積み上げていきました。しかし、折しも2025年、親会社の方針変更により、事業の見直しが行われることとなりました。それならばと、ようやく芽吹いたこの事業をここで終わらせたくないという一心で、同年5月に独立してケアサクラを立ち上げました。

 

ありがたいことに、現場で苦楽を共にしてきたメンバーたちも私の想いに賛同してくれ、事業コンセプトやこれまで築いた信頼関係をそのままに再出発することができました。前職で培った知見とネットワークを活かしながら、改めてゼロからのスタートを切ったところです。

海外生活の原体験が生んだ、生活の隅々に届くサポート

仕事におけるこだわりを教えてください

外国人の方々に対していかに真摯にサポートできるかという一点に尽きます。私自身、インドネシアに3年半住んでいた経験があるのですが、最初は一人で現地に乗り込み、言葉も文化も違う環境で役所の手続きや書類作成をすべて自力でやらなければなりませんでした。そのカルチャーショックは相当なものでした。

 

その経験があるからこそ、逆の立場で日本にやって来る外国人の方々の大変さが手に取るようにわかるのです。たとえば先日、山梨県に16名の新規入職者を迎えた際のことですが、寮に入った彼らに掃除機を渡して「使ったことある人?」と聞いたら、一人も手を挙げなかったのです。

 

母国ではほうきで掃除するのが当たり前ですから。お風呂にしても、蛇口をひねればお湯が出るという概念そのものがない方もいます。何も教えなければ、真冬でも水で体を洗っている人がいてもおかしくありません。

 

郵便ポストについても同じです。ミャンマーには郵便制度のインフラ自体がなく、インドネシアでもほとんど利用されていません。ですから弊社では、来日後の最初の3か月間は毎日ポストを開けて中身を写真に撮り、私たちに送ってもらうようにしています。

 

届いたものを一つひとつ確認して、「これはチラシなので処分しても大丈夫、これは大事な書類、これは不在票だから捨てないで」と教えていくのです。不在票は外国人の方から見ればただの紙切れにしか見えませんが、再配達の手続きまで含めて丁寧に教えます。まるで小さな子どもに物心がつく頃に一つずつ教えるような、そんな感覚で生活支援を行っています。

 

起業から今までの最大の壁を教えてください

最大の壁は、やはり前職で築いてきたビジネスが一度なくなってしまったことです。長い時間をかけて積み上げてきた事業基盤が、親会社の方針転換によって継続できなくなるという経験は、非常に大きな打撃でした。

 

そこからどのように立て直すか、ゼロベースで考え直す必要がありました。ただ、幸いにも一緒に働いてきた仲間が「もう一度やりましょう」と言ってくれたことが、再出発の大きな支えになりました。

一人ひとりの「親代わり」として。信頼関係が生み出す、前に進み続ける力

進み続けるモチベーションを教えてください

モチベーションの源泉は、やはり外国人の方々との信頼関係にあります。一生懸命サポートすると、彼らもそれに応えてくれるのです。日本で働き始めた外国人の方々にとって、私たちはいわば親代わりのような存在です。それが数百人もいるわけですから、その責任は大きいですが、同時に非常にやりがいを感じています。

 

私自身、かつてインドネシアで何も分からない状態から生活を始め、会社の立ち上げに奔走した経験があります。その際、現地の社会手続きから実生活の細かな工夫まで、本当に多くの方々に助けてもらいました。

 

あの時「頼る側」だった自分が、今度は日本で彼らを支える「頼られる側」になっている。その巡り合わせこそが、私の日々の原動力になっています。彼らが安心して日本で働き続け、現場を支える真の力となっていく姿を見ることが、何よりの喜びです。

 

今後やりたいことや展望をお聞かせください

まずはお客様をもっと増やし、国内シェアで上位に入れるようなポジションを築いていきたいと考えています。「外国人介護といえばケアサクラ」と言っていただけるような存在になることが目標です。もちろん大手企業がひしめく市場ですので、マーケティングやブランディングの面で独自のポジションをどう確立していくかは、これからの大きな課題です。

 

直近では入管法の改正も追い風になっています。技術・人文知識・国際業務ビザの要件厳格化や、外国人労働者に対する教育水準の引き上げなど、制度面での締め付けが強まるほど、弊社のように教育を軸に据えた事業者にとっては有利に働きます。

 

正しい教育を受けた質の高い人材を送り出すという弊社のコンセプトが、今の政策の方向性にフィットしていると感じています。

 

起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします

起業を考えている方にお伝えしたいのは、「大枠にとらわれないこと」です。私自身、前職でアクセラレーターとして数十社のスタートアップを支援してきましたし、自分でも今回で5社目の起業になります。そうした経験を通じて、これだけは確信を持って言えます。

 

最初に立ち上げた会社は、学生時代にトイレットペーパーへ広告を載せるというビジネスモデルでした。

 

当時のトイレは「じっくり読める場所」として広告媒体になり得ると考えたんです。ところがiモードが登場して携帯でインターネットが使えるようになると、その前提はあっという間に崩れてしまいました。その後Eコマースに移り、2008年にはまだ誰もがガラケーを使っていた時代に、いち早くiPhoneアプリの開発に踏み切りました。

 

周りからは「ガラケーの時代は終わらないよ」「iPhoneに切り替える人なんていないよ」と散々言われました。でも数年後には、ガラケーを使っている人がほとんどいなくなっていました。スマートフォンへの移行をいち早く見据えて動いたことで、結果的にトップランナーになれました。ラッキーだったとも言えますが、変化の兆しを信じて動いたことは間違いありません。

 

ビジネスチャンスは、本当にどこにあるか分からないんです。私自身、インドネシアでアクセラレーターをやっていた時も、まさか帰国後に今のような事業をやるとは思っていませんでした。だからこそ、自分の専門性や過去の経験にがんじがらめにならなくていい。むしろ、いろんなことに積極的に挑戦してみてほしいと思っています。

本日は貴重なお話をありがとうございました!

起業家データ:橋本 謙太郎

東京工業大学(現 東京科学大学)工学部卒業後、東京大学大学院工学系研究科修士課程を修了。2002年に富士ゼロックス情報システムに入社し、2004年にeコマース事業で起業。2008年に株式会社コニットを立ち上げ、2011年にmixiに事業売却。同年、株式会社コンテンツワンおよび株式会社マルメディアスクールウェーヴのCTOに就任。2015年インフォコム株式会社に入社し、2016年からインドネシアに駐在。2017年にPT GnB Accelerator Asia(インフォコム子会社)のCEOに就任。2019年に帰国後、インフォコムグループ内で外国人の介護士紹介事業を開始し、2025年にケアサクラを起業。

企業情報

法人名

株式会社ケアサクラ

HP

https://caresakura.co.jp/

設立

2025年5月

事業内容

医療・介護分野を中心とした特定技能外国人介護士の紹介及び育成支援サービス

 

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