株式会社ネミエル 代表取締役CEO 松本 光浩

株式会社ネミエルは、「睡眠」×「テクノロジー」のスリープテック事業として、子どもの睡眠不足を親子で解決するアプリや、企業向けの睡眠施策を開発・運営しています。睡眠を「測らない」、覚醒度から眠りを評価して具体的なアドバイスにつなげる独自のアプローチが特徴です。

今回は、代表取締役CEOである松本光浩氏に、事業に懸けるモチベーションや今後の展望について伺いました。

睡眠を「測らない」。覚醒度から眠りを変えるスリープテック

事業の内容をお聞かせください

私たちは「よく眠り、よく笑う社会へ」というビジョンのもと、睡眠とテクノロジーを掛け合わせたスリープテック事業を手がけています。睡眠の質を高めることが一人ひとりの幸福や社会全体の発展につながると考え、社名と同じ「Nemielu」シリーズを中心に、現在は大きく2つのサービスを並行して走らせています。

 

1つ目は、親子の睡眠教育アプリ「Nemielu Family」です。子どもの睡眠不足を親子で学びながら解決していくためのアプリで、いままさにリリースの時期にあたります。

 

すでにLINEをベースにしたwebアプリでベータ版を運用しており、ネイティブアプリも7月にリリース済みです。このアプリの一番の特徴は、睡眠を「測らない」ことです。

 

一般的な睡眠サービスは睡眠時間や質を計測しますが、私たちは「覚醒度」、つまり日中にどれだけしっかり起きていられているかを評価します。その結果をもとに、子ども本人へのアドバイス、保護者へのアドバイス、そして親子のコミュニケーションに関するアドバイスという3つの視点からサポートを行います。

 

親へのアドバイスを大切にしているのは、親の生活習慣そのものが子どもの睡眠に大きく影響するからです。「寝なさい」という声かけが本当に正しいのかという点まで踏み込んでお伝えします利用者には、まず睡眠チェックを行っていただき、その結果に応じたアドバイスを提供します。

 

その後、睡眠に関するコンテンツで知識を身につけ、再びチェックを受けるという「チェック・アドバイス・学習」のサイクルを繰り返します。行動変容までの目安は1ヶ月ほどですが個人差は大きいと考えています。

 

子どもの睡眠不足は、現在大きな社会課題となっています。小学生の推奨睡眠時間は9〜12時間とされていますが、その基準を満たしていない子どもは約95%にのぼります。また、高校生では約4人に1人が6時間未満の睡眠しか取れていません。

 

さらに、就寝・起床リズムの大きな乱れは健康リスクとの関連が指摘されており、睡眠不足の子どもは自殺念慮が高まるという研究結果も報告されています。

 

共働き世帯の増加によって、保護者が子どもの睡眠状態を把握しにくくなっている今、「寝なさい」と言うだけではなく、知識と可視化によって親子が一緒に睡眠を改善できる仕組みを提供したいと考えています。

 

2つ目は、企業向けサービス「NemieluBasic」です。「睡眠を測らない、新しい睡眠施策」をコンセプトにしたSaaSで、企業の健康経営や安全管理を支援し、従業員の健康改善を利益向上やコスト削減につなげることを目指しています。福利厚生ではなく、「企業の利益につながる施策」として導入いただいている点が特徴です。 

 

企業が抱える課題は大きく2つあります。1つは、安全管理です。物流、旅客、工場などの現場では、居眠り運転や労働災害を未然に防ぎたいというニーズが強く、私たちは「事故をゼロにする」ことを目標に取り組んでいます。

 

もう1つは健康経営です。生産性向上や健康投資の効果を重視する企業が増える中、睡眠改善は重要なテーマとなっています。

 

ここでも私たちが重視しているのは、「睡眠を測らない」という考え方です。睡眠時間には個人差があり、7時間眠っても眠気が残る人もいれば、5時間でも十分に活動できる人もいます。そのため、睡眠そのものではなく、「日中に十分なパフォーマンスを発揮できているか」という覚醒度を客観的に評価しています。

 

特に居眠り運転は、本人が眠気を自覚する前に起こるケースも少なくありません。そのため、主観ではなく客観的な指標による評価が重要だと考えています。

 

導入のしやすさも意識しています。睡眠そのものを測ろうとするとプライベートな時間に踏み込むことになりますが、「Nemielu Basic」は日中の就業中に実施できるため、ライトに導入していただけます。

 

現在、睡眠施策はセミナー形式が主流ですが、私たちは睡眠状態を可視化し、その後の改善まで支援できる点で差別化を図っています。また、生産性向上だけでなく、離職や休職の予防にも貢献できると考えています。 

 

事業を始めた経緯をお伺いできますか?

正直なところ、「気づいたら起業していた」という感覚です。もともと起業家を目指していたわけでも、研究成果を事業化しようと考えていたわけでもありません。ただ、「人がもっと睡眠を大切にすれば、社会はもっと良くなる」という思いは学生時代から持ち続けており、その仮説を検証し続けた結果が、今の事業につながっています。

 

学生時代はサッカーに本気で取り組んでおり、どちらかというと睡眠を削ってでも練習や活動を優先するタイプでした。大学では部活動と夜勤のアルバイトを両立していたのですが、ある日、深夜の搬入作業中に睡眠に関する薄い冊子を衝動買いしたことが転機になります。

 

読んでみると、こんなにも自分が知らない世界があるのかと大きな衝撃を受けました。同時に、もっと高いレベルでプレーできなかった原因は睡眠にあったのではないかと気づいたのです。そこから興味は、スポーツパフォーマンスの研究から睡眠の研究へと移っていきました。

 

最初はスポーツ選手を対象に睡眠指導を行い、実績を積み重ねました。その後、一般の方向けのコンサルティングへと広げていく中で、「仕事が忙しくて眠れない」という相談を数多く受けるようになります。この課題が、現在の企業向けサービス「Nemielu Basic」の原点です。

 

睡眠時間そのものではなく、日中の覚醒度から睡眠状態を評価すれば、より本質的な改善につながり、企業にとっても導入しやすいサービスになると考えました。また、若い個人として企業へサービスを提案するには限界もあったため、自然な流れで法人化し、事業として展開することになりました。

 

自ら睡眠を大切にする、第一人者であり実践者であること

仕事におけるこだわりを教えてください

強いこだわりがあるタイプではありませんが、あえて一つ挙げるとすれば、「寝ずに頑張らないこと」です。これは私自身にとっても、一つの仮説検証だと考えています。睡眠を削らなくても成果を出せることを証明できれば、それ自体が社会に発信すべき価値になると思っているからです。

 

睡眠の事業に取り組む以上、まずは自分自身が睡眠を大切にする実践者であるべきだと考えています。人に睡眠の重要性を伝えながら、自分は睡眠不足という状態では説得力がありません。

 

実際、睡眠を研究している方の中にも睡眠不足の方はいらっしゃいます。その一方で、ノーベル賞候補にも挙がる柳沢正史先生のように、自らの生活習慣やルーティンを実践し、それを発信されている方もいます。私自身も、そうした「実践する第一人者」でありたいと考えています。

 

起業から今までの最大の壁を教えてください

資金調達などは多くのスタートアップが直面する課題であるため、もちろん大変ではありますが、私自身はそれを「最大の壁」とは捉えていません。

 

本質的な壁は、私たちが取り組んでいるテーマそのものにあります。睡眠という社会課題は構造的に非常に大きく、「本当に解決できるのか」「そもそも自分たちが取り組むべき課題なのか」と、何度も立ち止まって考え直す瞬間があります。

 

私にとって起業は、「睡眠は社会に本当に必要なのか」という仮説を検証するための手段です。そのため、商談がうまくいかなかったり、投資家の方から厳しい意見や助言をいただいたりすると、「この仮説は間違っているのではないか」と、自分自身に問い直すことがあります。

 

もう一つ難しいと感じるのは、一企業として社会の仕組みそのものに問題提起することです。例えば、「十分な睡眠時間を確保すべきだ」というメッセージが、「ハードワークを否定している」と受け取られてしまうこともあります。本来伝えたいのは、働かないことではなく、より良いパフォーマンスを発揮するために睡眠を見直そうということです。

 

社会全体の価値観に働きかけるテーマだからこそ、メッセージの伝え方や受け止められ方の難しさを日々感じています。

 

睡眠が人類にとってネガティブに働くはずがない、という信念

進み続けるモチベーションは何でしょうか?

壁を乗り越えられる原動力が、まさにモチベーションだと思います。綺麗事に聞こえるかもしれませんが、自分たちの取り組みは、必ず社会のためになるという信念があります。

 

人類はここまで進化してきたにもかかわらず、今でも人生の約3分の1を睡眠に費やしています。それだけ睡眠は人間にとって欠かせないものです。それにもかかわらず、デジタル社会では睡眠を効率化したり、削ったりすることが良しとされる風潮があります。

 

私は、その考え方には違和感を抱いています。 儲けを起点にしたモチベーションは薄く、まず社会にとって必要なことがあり、その結果として事業として成立し、利益が生まれるという順番で考えています。

 

また、利用者や企業の方からの反響も、大きな励みになっています。「睡眠が良くなった」「睡眠を大切にしようと思った」といった言葉をいただくたびに、この事業の価値を実感します。

 

極端な話、お会いした方に「今日は少し早く寝てみてください」とお伝えし、その一言がきっかけで「今日はしっかり寝よう」と思っていただけるだけでも、私たちの存在意義はあるのではないかと考えています。

今後やりたいことや展望をお聞かせください

会社としてありたい姿は、睡眠に関して、法人でも個人でも、悩んだときに最初に思い浮かぶ会社になることです。そして、私たちの存在を通じて、「睡眠はそれほど大切なものなのだ」と社会に認識してもらうことも目標の一つです。

 

現在はエクイティファイナンスなしで事業を運営しています。資金調達やIPOは目的ではなく、あくまでも実現したいことのための手段です。その時々で最適な選択肢を柔軟に考えていきたいと思っています。

 

私たちが目指しているのは、社会に大きなインパクトを与える事業です。例えば、小学校の始業時間を見直すような社会変革にも挑戦したいと考えています。アメリカでは、始業時間を約1時間遅らせたことで学生の睡眠時間が増え、睡眠時間が延び、学習面でも良い効果が得られたという実証研究があります。

 

一方、日本では共働き世帯やひとり親家庭の支援ということで開門時間を早めるという自治体もあり、教員の約96%が反対しているという報告もあります。こうした制度や社会のあり方に対して、新しい選択肢を提示し、より良い方向へ変えていく存在になりたいと考えています。 

 

もっと身近なところでは、親子の睡眠教育アプリのように、多くの人が自然と睡眠や教育について学べるプロダクトを育てていきたいと思っています。そして、これは私たちが最も大切にしている軸ですが、会社を大きくするために「睡眠を大切にする」という理念を犠牲にするつもりはありません。

 

事業の成長と、日本全体が睡眠を大切にする社会へ変わっていくことを同じ方向を向き、同じ歩幅で実現していきたいと考えています。  

 

やりたいことの手段が、本当に「起業」なのかを見極める

起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします

お金持ちになりたい、社会を変えたいなど、やりたいことがあるとして、その実現の手段が本当に起業なのかどうかを、調達の環境も含めて見極めてほしいと思います。その上で、それでも起業や事業を興したいと思えるのであれば、ぜひやるべきだと思います。

 

正直に言うと、誰かにエールやアドバイスを送るのはあまり得意ではありません。あえてお伝えするなら、本当に起業する必要があるのかを一度立ち止まって考えてほしいということです。私自身、起業家になることを目標にしたことは一度もありませんでした。

 

お金持ちになりたい、社会を変えたい、あるいは実現したい夢がある。その目的を達成する手段が、本当に起業なのかどうかを冷静に見極めてほしいと思います。それでもなお、「この課題を解決したい」「この事業を形にしたい」という思いが変わらないのであれば、そのときはぜひ挑戦してほしいと思います。

 

本日は貴重なお話ありがとうございました。

起業家データ:松本 光浩

大学時代から睡眠の研究に取り組み、自ら睡眠講義なども主催。卒業後、睡眠関連企業を経て、プロスポーツ選手の睡眠指導者として活動を開始。その後、大手企業の新規事業として設立されたスリープテック企業にジョインし、睡眠指導の体系化を含むサービス開発に従事。2022年12月に株式会社ネミエルを設立。筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)客員研究員。日本睡眠学会・日本睡眠環境学会正会員。睡眠健康指導士・睡眠環境寝具指導士・睡眠コンサルタント等の資格を保有。

【企業情報】

法人名

株式会社ネミエル

HP

https://corp.nemielu.com/

設立

2022年12月

事業内容

  • 親子の睡眠教育アプリ「NemieluFamily」
  • 睡眠を測らない、新しい睡眠施策「NemieluBasic」(企業向けSaaS)
  • その他スリープテック事業
送る 送る

関連記事

関連記事