世界全体で、女性の活躍が重視されるようになってきました。多様性を増す世界の中で、様々な特性の人が活躍するために、まず基本的な人間の特性である男女、ジェンダーの違いによらない活躍ということが基本になるためです。通常、女性の活躍やダイバーシティについては、多様性の促進はまず当然のこととして語られた上で育児制度などについて言及されることが多いのだと言えます。しかし本稿では、女性活躍からはじまるダイバーシティ全般の意義、また特に事業効果について述べることから始めたいと思います。

 

1 ダイバーシティの事業・経済上の効果

性別をはじめとする社会的な属性の違いによる差別や偏見は、人々の能力や可能性を制限し、人間の潜在能力を十分に引き出せない問題を生むことになります。これは経済的な成長や社会的な進歩にとっても大きな障壁となります。

 

経済学的な観点からも多様な属性の活躍は重要です。さらに、女性の活躍は専門的な研究も多い領域になっています。例えば、国際通貨基金(IMF)の研究によれば、先進国で女性の労働参加率が男性と同等になれば各企業の成長が促され、全体のGDPは平均で5%増加するとされています。また、企業の経営層に女性が多いほど企業のパフォーマンスが向上するという報告もあります。これは、多様性が新たな視点やアイデアを生み出し、組織の柔軟性や革新性を高めるためと考えられています。

 

こうしたことは、大企業などの規模の大きな組織だけに言えることではなく、むしろ従業員一人一人の活躍余地が大きい小規模組織においてこそ言えることです。そのため、ベンチャーやスタートアップ企業を創ろうとする場合にこそ、こうしたダイバーシティに着目することが効果的だと言えます。

 

2 ベンチャーやスタートアップにおける女性活躍やダイバーシティ

今後新しく組織を作っていく方にとって、女性活躍の推進やそれによるダイバーシティの推進がどのような意義があるのか、多面的に考察を行います。

 

女性の活躍をはじめとするダイバーシティへの配慮は多様な視点やアイデアを生み出し、これが組織や社会全体のイノベーションにつながります。大小の組織において多様性を保つことの重要性について詳しく見ていきましょう。まず、多様性とは様々な属性を持つ人々が集まることで生まれ、それにより多角的な視点やアイデアが集積されます。これにより、新たな解決策を生み出す力が増大し、組織全体の競争力を高めます。例えば、商品開発においても、男性だけ、あるいは特定の年齢層だけからの意見では、消費者の多様なニーズを捉えきれません。しかし、年齢や性別、専門分野など様々な背景を持つメンバーがいれば、それぞれの視点を組み合わせて、より幅広い消費者のニーズに応える商品を開発できます。これは大小問わず、すべての組織にとって有効な戦略です。

 

さらに、雇用にとどまらず、委託や外部パートナーシップなどでも多様性を持ち込むことが大切です。様々な背景を持つパートナーとの協力により、自組織が持つ視野を超えた新たな視点やアイデアを取り入れることができ、これが更なるイノベーションの起点となります。

 

マッキンゼーの研究「Diversity Wins2020年)」によりますと、ジェンダーとエスニックのダイバーシティをリーダーシップチームに採用している企業は、その逆の企業よりもそれぞれ25%と36%も利益性が高いことが明らかになっています。これはダイバーシティが企業の競争力を高めることを示す証拠の一つと言えます。

 

ダイバーシティがイノベーションを推進する理由としましては、様々な視点や経験をもつ人々が集まることで、新たな視点や解決策が提供され、クリエイティブなプロセスが生まれやすいからです。ダイバーシティに強い企業が、その反対の企業に比べてイノベーションの収益を2倍に引き上げることができるというような研究も多数存在しています。

 

3 急成長する事業におけるダイバーシティからイノベーションに繋がった事例

実際に見聞きした事例を一部もとにして、多様性が如何にイノベーションを生み、成長に繋げたかを表す事例を3つご紹介します。

 

まず1つ目の事例は、健康食品を開発・販売するあるスタートアップ企業です。創業者は健康への意識の高さから、自身の体験に基づいた商品開発を目指しました。この企業は創業者は男性だったのですが、多様性を重視しており、女性の活躍や年齢層を問わない事業参加を促進していました。その結果、各自の視点や経験を活かしたイノベーションが次々と生まれています。例えば、年齢や性別、ライフスタイルが異なるメンバーからの意見を取り入れ、多様なニーズに応える製品開発を進めています。また、外部の専門家とも積極的に協力し、その視点を製品開発に取り入れることで、より深い市場理解と独自性を持つ製品を作り出すことができました。これが結果的に、会社のブランド力を高め、市場での競争力を向上させることにつながりました。

 

2つ目の事例は、IT業界で働く女性たちが集まり設立した企業です。彼女たちは多様性がイノベーションを促進するという視点から、性別やライフステージに関係なく働きやすい環境作りを進めました。それぞれが持つ異なるバックグラウンドや専門知識を活かし、幅広い視点から新たなサービス開発を行いました。これにより、一般的なITサービスでは見落とされがちなニーズを見つけ出し、それを解決する新しいサービスを開発しました。また、多様な属性の方が多様な働き方をする環境に合わせて勤務時間が柔軟になるような仕組みを最初から考えていたため、勤務のしやすさが魅力となり、成長に繋がっている事例です。

 

最後の事例は、国際的な背景を持つメンバーが集まったマーケティングやアプリ開発のスタートアップ企業です。彼らは自らの多様な背景を活かし、多文化を理解した製品を開発しました。これにより、通常はある一つの国や視点からのみ作成されることが多いWEBアプリやスマホアプリについて、多くの国での同時リリースや、普遍性の高い設計を最初から行うことができました。また、異なる情報リソースから多国籍な企業への高度な提案を行ったり、グローバルなのエキスパートと協力したりすることで、より豊かに質を高めることができました。この結果、大きな成功を収めている例です。

 

これらの事例から明らかなように、創業段階から多様性を意識し取り入れることで、多様な視点やアイデアが生まれ、それが組織の成長とイノベーションに繋がります。

 

4 日本におけるダイバーシティ課題とその特徴

前章までに、ダイバーシティと、さらにその第一歩となる女性活躍が事業的な効果性も大きいものであることを見てきました。こうした効果性を考えた時に、起業において、仮に組織規模を大きくする方向性ではないとしても、関わる方や協働する方についてダイバーシティに配慮することが重要であることが分かります。さらに、多様性を重視している組織は魅力的なブランドを形成することができ、事業のみでなく組織についてもより外部に広報していくことで事業推進上の力になっていくのだと言えます。

 

ここで、日本の現状に目を向けてみましょう。日本は労働力人口の減少と高齢化が進行する中で、新たな成長の源泉として女性の活躍が期待されています。少子高齢化の問題に対する解決策の一つとして、女性の社会参画を進め、育児と仕事の両立を支える環境を整備することが求められています。これは人口減少社会の中での産業の維持という文脈で語られることが多いのですが、ダイバーシティが事業発展のために重要であることは今までに見た通りです。

 

日本の女性の社会進出は他の先進国に比べて遅れています。例えば、国連が発表するジェンダー格差指数(Gender Inequality Index)では、日本は153カ国中121位と、先進国としては極めて低い順位に位置しています。遅れが見られる要因としては、いくつか主要な要因でよく言われるものがあります。第一に、経済参加と機会における格差があります。これは主に女性の労働参加率と指導的地位における女性の比率によって測られます。日本ではこれらが低く、その結果として経済的な機会が女性に与えられていない状況です。具体的には、2018年時点で女性の労働参加率は71.3%となっていますが、これは男性の83.7%と比べて低い水準です。

 

また、リーダーシップポジションにおける女性の比率も非常に低く、国会議員の女性比率は10%を下回り、企業の役員に至っては5%にも満たない状況です。このような状況が続くことで、女性の意見や視点が社会全体の意思決定に反映されにくい状況が続いています。

 

第二に、教育の機会における格差があります。一見すると、男女間の教育の機会はほぼ同等に見えますが、具体的には高等教育における女性の進学率が低く、特に自然科学や工学などのSTEMScience, Technology, Engineering, Mathematics)分野における女性の比率が非常に低い状況が続いています。

5 日本のジェンダー平等問題と文化的な変革における新しい企業の可能性

日本のジェンダー平等問題には、長い歴史と文化的背景が深く関わっています。江戸時代までは儒教文化が強く影響を及ぼし、男性中心の社会構造が形成されました。この時代、男性が家庭を支え、女性が家事や育児を担うという役割分担が確立しました。

 

明治以降は、西洋文化の影響を受けつつも、「男性が外で働き、女性が家庭を守る」というジェンダーロールが引き続き維持されました。特に、富国強兵の政策下で、社会的な力が基本的に男性的なものとして表現され、男性が社会や経済の中心となるべきという価値観が強まりました。

 

戦後の高度経済成長期には、男性が長時間働くサラリーマン文化が確立し、企業における男女の性別役割分業が強化されました。男性は職場での役割を、女性は家庭での役割を果たすことが社会全体から求められ、これが男女間の格差を生み出しました。

こうした歴史的な背景から見ると、現代の日本社会におけるジェンダー平等の課題は、歴史的に形成された男性中心の価値観や社会構造をどう変えていくかという点にあると言えます。現在では、こうした今までのあり方は強く変革が求められ、新しい雇用や社会のアリア方が強く求められているのだと言えます。だからこそ、新しい企業や事業において、ダイバーシティがもたらす効果性を積極的に採り入れ、さらにそれを社会的に形として表していき、文化として発信していくことが重要なのだと言えます。それは大きな意義を持つことはもちろん、今までに見たような事業的な効果も大きく、さらに発信力の強化にも繋がります。

 

こうした視野まで捉えた上で新事業や事業成長を捉えていくことは重要度が非常に高いものだと言えるでしょう。今回は、女性活躍とダイバーシティに関する経営上の利点や、グローバルな状況と日本の状況に触れ、ベンチャーや成長する新事業において必須の視野となる部分について述べました。次回は、さらに女性活躍に各論で触れた上で、「女性活躍支援から広がるベンチャー等で活用できる新事業領域」について述べたいと思います。

ライター紹介
松井勇策

フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表 社会保険労務士・公認心理師

情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門:人的資本経営・AI等先進雇用対応)

 

時代に応じた先進的な雇用のあり方について、企業向けのコンサルティングや情報発信などを多数行っている。人的資本経営の導入コンサルティング・先進的なAIDX対応の雇用環境整備・国内の上場やM&Aに対応した人事労務デューデリジェンスなどに多くの実績がある。ほか伝統思想と、現代の経営・雇用・キャリアの融合知見を大学院等で研究中。

 

著書「現代の人事の最新課題」「人的資本経営と開示実務の教科書」シリーズほか。

東京都社会保険労務士会 先進人事経営検討会議  議長・責任者、人的資本経営検定 監修・試験委員長。

 

フォレストコンサルティング経営人事フォーラム https://forestconsulting1.jpn.org/

人的資本経営検定

https://www.kaiketsu-j.com/index.php/toolbox/11588-human-capital-basic

送る 送る

関連記事