- 松井勇策
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フォレストコンサルティング経営人事フォーラム代表 社会保険労務士・公認心理師
情報経営イノベーション専門職大学 客員教授(専門:人的資本経営・AI等先進雇用対応)
時代に応じた先進的な雇用のあり方について、企業向けのコンサルティングや情報発信などを多数行っている。人的資本経営の導入コンサルティング・先進的なAIやDX対応の雇用環境整備・国内の上場やM&Aに対応した人事労務デューデリジェンスなどに多くの実績がある。ほか伝統思想と、現代の経営・雇用・キャリアの融合知見を大学院等で研究中。
著書「現代の人事の最新課題」「人的資本経営と開示実務の教科書」シリーズほか。
東京都社会保険労務士会 先進人事経営検討会議 議長・責任者、人的資本経営検定 監修・試験委員長。
フォレストコンサルティング経営人事フォーラム https://forestconsulting1.jpn.org/
人的資本経営検定
https://www.kaiketsu-j.com/index.php/toolbox/11588-human-capital-basic
前回は、女性活躍とダイバーシティに関する経営上の利点や、グローバルな状況と日本の状況に触れ、ベンチャーや成長する新事業において必須の視野となる部分について述べました。次回は、さらに女性活躍に各論で触れた上で、「女性活躍支援から広がるベンチャー等で活用できる新事業領域」について述べたいと思います。
1 グローバルと日本の女性活躍の現状
前回も見たように、現在の世界では、女性の活躍が重視されるようになってきました。多様性を増す世界の中で、様々な特性の人が活躍するために、まず基本的な人間の特性である男女、ジェンダーの違いによらない活躍ということが基本になるためです。また日本は労働力人口の減少と高齢化が進行する中で、新たな成長の源泉として女性の活躍が期待されています。少子高齢化の問題に対する解決策の一つとして、女性の社会参画を進め、育児と仕事の両立を支える環境を整備することが求められています。
しかしながら日本の女性の社会進出は他の先進国に比べて遅れています。例えば、国連が発表するジェンダー格差指数(Gender Inequality Index)では、日本は153カ国中121位と、先進国としては極めて低い順位に位置しています。この理由は、労働参加率が低いこともありますが、主としてリーダーシップポジション(政治家・経営者・専門家等)の女性の比率が顕著に低いこと、また特に理系に顕著ですが、高等教育を受ける女性比率が引くことが主要な原因と言えます。
こうした現状を打破するために様々な政策や各企業での工夫が試みられていますが、それ自体が現代の経営環境の重要な側面であると共に、関連した社会的なニーズが大変多く、こうした領域は事業チャンスに満ちているのだとも言えます。その考察に入る前に、さらに日本における女性活躍の軸となる課題意識や政策についてさらに詳細に説明します。
2 日本における女性活躍の現状の原因と方向性
前章で見たように、日本における女性活躍の問題は、リーダーシップポジションの女性が少ないことだとまとめられます。リーダーシップポジションにいる女性の割合が低いことから起きている問題としては、第一に意思決定過程における女性の視点の欠如があります。これは企業のパフォーマンスにも影響を与え、企業の多様性や革新性が損なわれる可能性があります。第二に、女性リーダーの不在は次世代の女性リーダーを育てる機会を失うことを意味します。ロールモデルの存在は、特に女性がリーダーシップをとることを考える上で重要な役割を果たします。第三に、組織の公正性と信頼性に影響を及ぼす可能性があります。男性ばかりが上位に位置する組織は、女性社員から見ると不公平に感じられ、その結果として組織への信頼感や満足度が低下する可能性があります。
これらの問題を引き起こす要因としては、第一に女性がキャリア形成の過程で直面するハードルがあります。これには育児や介護などの家庭の負担が含まれます。第二に、企業の働き方や評価制度が男性中心の視点で作られていることが挙げられます。これにより、長時間労働や出張などを伴う職務が昇進の条件となり、それが女性のキャリア形成を阻んでいます。
賃金格差については、OECDの統計によれば、日本の全産業における男女の平均賃金差は25.7%となっており、これはOECD平均の13.6%よりも大きな差があることを示しています。この原因としては、職種間のセグレゲーション(職業の男女分離)や、時間制約によるキャリアチョイスの制約などが挙げられます。
以上の問題を解決するためには、まず社会全体での意識改革が必要だと言えます。これには教育の場から始まることが重要で、男女平等教育を通じて、ジェンダーに対するステレオタイプの打破と、多様なキャリア選択の可能性を子供たちに示すことが求められます。
また、企業もまた、女性が働きやすい環境を整備することが重要です。具体的には、育児や介護と仕事を両立するための制度整備や、フレキシブルな働き方を推進することが求められます。また、評価制度の見直しも重要で、長時間労働ではなく成果に基づく評価を行うことで、女性がキャリアを形成しやすい環境を整備する必要があります。
このように、日本のジェンダー平等問題は深刻ですが、解決の道筋は見えています。多様性を尊重し、男女が平等に働き、リーダーシップを取れる社会を実現するためには、教育、企業、政策の三つのレベルでの改革が必要です。こうした改革を通じて、日本社会はジェンダー平等な社会を実現し、その結果として、全ての人々がその能力を最大限に発揮し、社会全体の活性化に貢献することが可能となるのだと思います。
3 具体的な女性活躍政策と法令等
前章で見たような内容を基軸とし、様々な女性活躍のための政策が試みられています。日本政府は1985年に男女雇用機会均等法を制定し、性別による差別の解消を目指しました。これは女性の社会参加を推進する初めての大きなステップであり、以後、女性の社会進出を促進するさまざまな政策が進行しています。
2003年には男女雇用機会均等法が改正され、企業が男女間の賃金格差を是正するための取り組みを行うことが義務づけられました。その後も、政府は女性の社会進出を支えるための法改正を行ってきました。例えば、2015年には、企業に女性の活躍に関する行動計画の立案と情報の公表を義務づける女性活躍推進法が施行されました。また、2019年には、パートタイム労働者や有期雇用労働者の待遇差を是正するための労働契約法の改正が行われました。
そして重要なのが2022年に府令改正された人的資本に関する開示についての金融商品取引法の改正で、女性管理職比率・男性育児休業取得率・男女の賃金差の開示が法制化されたことです。これにより、上場企業においてこうした項目に関する実態把握や分析、施策の立案が一層促されることとなりました。
これらの法改正は、従来の男性中心の労働環境を変え、女性が働きやすい環境を整備するための重要なステップです。しかし、まだ解決すべき問題は残されています。特に、男女間の賃金格差の是正や女性の役員比率の向上などは社会的に広く開示される情報となり、また今後の課題となっています。
より具体的な施策として重要なのが育児介護休業法です。1992年に成立した育児介護休業法は2000年代以降、幾度も改正され、その適用範囲は拡大しています。初めての大規模な改正は2001年で、休業の適用対象が拡大され、男性の育児休暇取得も促進されました。2005年には、休業期間が延長され、介護休業制度が新たに導入されました。
2010年には、小学校就学前の子どもの看護休暇や短時間勤務制度が加わり、2014年には、出産前後の休業期間の延長や休業取得の通知期間の短縮などが行われました。最新の改正は2019年で、父親の育児休業取得を促進するための取り組みが加えられ、育児休業の給付金が改善されました。
これらの改正は、女性だけでなく男性も仕事と家庭を両立できるよう支援することで、性別による役割分担を減らし、働きやすい社会を作り出すことを目指しています。
4 グローバルな事例と社会起業のニーズ
こうした、女性活躍の企業における基本となる法制度や、特に子育て支援が社会的に広く行われ、こうした施策に対応した社会的なニーズが多く表れています。こうしたことを契機とした事業は様々に考えられるのですが、その前にさらに視野を広げて世界の子育て支援政策を見ていきます。特に、日本で参考にできると考えられる具体的な事例を取り上げ、それぞれの国で成功を収めた理由や、その制度を日本に導入する際の課題について考察します。
スウェーデンの育児休業制度
スウェーデンでは、父親も母親も育児休業を取得でき、男女共に家庭と仕事を両立できる社会を実現しています。これは、男女の育児参加を促進し、ジェンダーロールの多様化を推進している点で、日本にとって参考になる事例です。しかし、日本では父親の育児休業取得率がまだ低く、社会的な認識や企業文化の変化が求められています。この課題を解決するためには、育児休業の取得を奨励する政策や企業文化の改革が必要となります。
フランスの全日制幼稚園制度
フランスでは全日制の幼稚園が普及しており、2歳からの就学が可能で、これにより親の仕事と育児の両立を大いに助けています。また、教育と保育の一体的な提供により、子どもの社会化や学びの機会を早くから提供しています。しかし、日本における全日制幼稚園の導入は、教育費の負担や施設整備、教員確保などの課題があります。これらの問題を解決するためには、国と地方自治体の協力や、私立幼稚園との連携などが求められます。
ドイツの地域包括支援制度
ドイツでは、子育て支援を地域コミュニティ全体で行う「地域包括支援制度」があります。この制度は、子育て世代の孤立を防ぎ、地域全体で子どもたちを育て上げる役割を果たしています。しかし、日本での導入には、地域コミュニティの形成や参加意識の向上、資源の配分などの課題があります。これらの問題を解決するためには、地域住民の意識向上や地域リーダーの育成、地方自治体との協力が必要となります。
これらの例から、海外の成功事例を参考にすることは有効ではあるものの、日本独自の社会文化や制度によってその導入は一筋縄ではいかないことがわかります。しかし、これらの事例が示すように、適切なアプローチと努力により、子育て支援の改善は十分可能であると言えますし、こうしたニーズに対応する支援や事業の領域も広がっているのではないかということが見えてきます。
5 女性活躍とダイバーシティに関する新規事業ニーズ
今までに見てきたような「女性の活躍推進」は、早いスピードで変化する社会の状況や政策等が満ちている領域であり、社会的な問題解決とビジネスの収益性が融合した多様な可能性が広がっているのだという見方ができます。さらに、社会的に重要な領域であるため、対象となるユーザーである女性やその家族に対しての行政からの経済的な支援や、関連事業への補助金等の施策も大変多い領域です。
こうした情報を採り入れつつ対応していくことは、事業の優位性や成長をもたらし得ると思います。以下に、その具体的な事業例と、それらの社会的意義と起業のアプローチについて解説します。
1.ダイバーシティ教育…組織内でのジェンダー意識改革を促す教育プログラムを提供する事業。これにより、組織は多様な視点を持つことでイノベーションを生み出しやすくなると考えられます
2.育児支援…安心して育児に専念できる環境を提供する事業。保育園や託児所の運営、在宅ワークを支援するためのオンライン保育などがあります。
3.キャリアコンサルティング…女性のキャリア形成に関するコンサルティング事業。ワークライフバランスを実現しながら自己実現を図るためのアドバイスが求められます。
4.女性専用コワーキングスペース…女性のための安心して働ける環境を提供する事業。育児施設やメンタリングプログラムを併設した施設などもニーズがあると思います。
5.女性向けフィットネスビジネス…女性の心身の健康をサポートする事業。女性専用のジムやヨガスタジオの運営が該当します。様々な特徴のあるものが開設されていますが、なお多くのニーズがあるものと思われます。
6.女性リーダーシップトレーニング…女性が組織でリーダーシップを発揮するための研修事業。特別なプログラムやワークショップの提供が中心となり、多くの起業がされている領域だと言えます。
7.女性向けフィンテック…女性の金融知識を高め、資産形成をサポートする事業。投資や貯蓄のアドバイスを提供します。女性特有のライフニーズに合わせた提供を行うことで優位性がこうちくできるものと思います。
8.メンタルヘルスサポート…働く女性の心の健康を支える事業。カウンセリングやストレス管理のためのオンラインコンテンツの提供など様々に考えられるものと思います。
9.女性向けネットワーキングイベント…女性のキャリアやビジネスを推進するための交流事業。情報交換や人脈形成の場を提供します。多様に、様々な特徴のあるものが行われている領域です。
10.テレワークソリューション…女性が柔軟に働ける環境を提供する事業。在宅勤務や時短勤務を支援するITソリューションがあります。多くの大規模ベンダーがソリューション開発していますが、既存のサービスをうまく組み合わせて提供するなど、様々なニーズに対応する事業余地があるものと言えます。
少し考えるだけでも、今までに見てきたような女性活躍の領域での起業は、社会的な課題解決とビジネスの収益性を両立する可能性を持っていることがわかります。しかし、それはただ単に女性をターゲットにしたビジネスを行うだけではなく、より広範な視点で社会全体のニーズを理解した上で行うことで、収益性が上がり、ビジネスの意義も大きくなるものと言えます。また、こうした事業を様々な他の事業と組み合わせる余地がないかを検討することも有効でしょう。
ニーズがどのように存在するかを見極めつつ開発していく必要性があり、大きな可能性があるのは間違いありませんが、容易ではないものも多いかもしれません。しかし、女性活躍の領域での事業は、社会全体の進歩にも寄与する可能性があり、かつ社会的な着目がされることで爆発的に広がる可能性もあるものと思います。現代における起業において、必ず必要な視野だと言えるのではないでしょうか。