
シルタス株式会社は、日常の買い物データを活用して個人の栄養バランスや健康リスクを可視化するヘルスケアサービス「SIRU+(シルタス)」を展開するスタートアップです。クレジットカードやポイントカードと連携するだけで食生活の改善をサポートする「頑張らないヘルスケア」のコンセプトのもと、現在10万人以上のユーザーが利用しています。食品メーカーや小売業者、自治体とも連携し、消費者の健康促進と企業のマーケティングを同時に支える独自のプラットフォームとして注目を集めています。今回は、2016年に同社を創業した代表取締役の小原一樹氏に、事業内容から起業の経緯、そして今後の展望まで詳しくお話を伺いました。
当社はヘルスケア領域で事業を展開しており、中心となるのは「SIRU+(シルタス)」というサービスです。
スーパーやドラッグストア、コンビニなどでの買い物履歴を分析し、ユーザーの栄養バランスの偏りや病気リスクを発見して個別にアドバイスを届けます。
最近では高齢者の買い物支援にも領域を特化しており、購買データから将来的にフレイルのリスクや認知症のリスクを早期発見する取り組みも進めています。また、糖尿病リスクのある方への食生活改善支援など、さまざまなシーンでこのコア技術の活用を進めています。
当社の最大の特徴は「頑張らない」という点です。
食事管理アプリの多くは毎日食べたものを記録する必要がありますが、シルタスではクレジットカードやポイントカードの番号をアプリに登録するだけで、普段の買い物のデータが自動的に同期され、一人ひとりに合ったアドバイスが届く設計になっています。
そしてこのアドバイスの仕方にも、行動経済学を応用した工夫があります。人は、単に「タンパク質が足りていない」と伝えるよりも「あなたは同世代のタンパク質摂取量の下位10%です」と伝えるほうが行動を起こしやすいと言われています。
さらに、購買傾向や価値観をAIで分析し、「新商品好き」「お得感重視」など、個人の特性に合わせた提案を行っています。
BToB領域では食品メーカーや小売業者と連携し、消費者の健康促進と企業のマーケティング支援を同時に実現するプラットフォームとして機能しています。
最近では日清オイリオ株式会社と提携し、ユーザーデータを活用した商品開発やマーケティング支援にも取り組んでいます。
事業を始めたきっかけは大きく二つあります。
一つ目は、私自身が健康に無関心だったことです。
創業当時、30歳そこそこだった私は、健康管理を全くしていませんでした。このまま何もしなければ、やがて病気になって後悔するとわかっていても、いざ管理しようとすると面倒くさくて三日坊主になってしまう。
自身の苦い経験から、苦労なく栄養状態を把握し、無理なく食生活を改善できるサービスの必要性を強く感じました。
二つ目は、健康情報に対するマーケティングのあり方に違和感を抱いていたことです。
たとえば、テレビで「サバ缶が体にいい」と報道されればスーパーからサバ缶が消え、次のブームが来ればまた別の棚が空になる。普段からバランスよく栄養を取っている人には本来不要なはずなのに、自分自身の状態がわからないから、みんなが情報に飛びついてしまうのです。
このような本質的ではない消費活動が繰り返されることに、私は強い疑問を抱いていました。この違和感が、「一人ひとりが自分の状態を正確に把握し、自分自身で正しく判断できるサービスを作りたい」という思いに繋がったのです。

私が最もこだわっているのは、やりたいことベースで物事を考えるというスタンスです。
できるかできないかはあまり意識せず、手段を変えながら目的に向かい続けることを、自分自身はもちろん、社員にも大切にするよう伝えています。
Aという方法がダメならBを考えればいいし、法律がまだ追いついていないなら法律を整備する方法を考えればいい。目的に対して、常に手段を考え続けることが大事だと思っています。
もう一つの核となるこだわりは「公平性」です。当社のサービスはユーザーの購買データと企業のクーポンやレコメンドを組み合わせるビジネスモデルです。
だからこそ、利益率の高い商品を優先して勧めるのではなく、あくまでユーザーの健康を第一に考え、生活に寄り添った提案を行う「消費者ファースト」の姿勢を徹底しています。
企業からすれば、商品が売れなければビジネスは成立しません。しかし、その商品がユーザーにとって本当に必要なものでなければ、サービスの信頼は築けないのです。この両立こそが一番難しく、そして一番大切なことだと考えています。
現在は、企業がクーポン販促を通じて、社会の予防医療へどれだけ貢献しているかを可視化する仕組みの開発に取り組んでいます。
いくら投資したかという金額ではなく、商品がきっかけとなりどれだけの人が健康に向けたアクションを起こしたかを評価できる指標を作りたいのです。これにより、消費者ファーストを維持しながら、企業の社会貢献としての評価にも繋げられると考えています。
いわば「カーボンクレジットの健康版」のような概念を実現することが、私たちの今後の大きな目標の一つです。
私が直面した最大の壁は、組織崩壊の危機でした。
事業が急速に成長する中で収益性の方向性を巡って社内で意見が分かれ、ある時期に社員の約半数が一度に退職するという事態が起きました。
その際、サービスの根幹を担うエンジニアたちが抜けてしまったため、システムの扱い方がわからないという危機的な状態に陥ってしまいました。その状態が2年近く続き、営業活動もシステム改修もままならない日々が続きました。
それでも事業を立て直すために打った手は二つです。
一つは、自社サービスの機能を他社のアプリに組み込んで提供する形にシフトし、まずは収益を確保したことです。これが結果的に新たなビジネスモデルとして機能し、現在も主要な事業の柱となっています。
もう一つは、残ってくれたメンバー一丸となって地道にシステムを紐解き、一から再構築していったことです。
あの辛い状況を一緒に乗り越えたメンバーが、今のチームの核になっています。大変な経験ではありましたが、結果としてそこで組織の地盤を固めることができたと考えています。
また、この時の反省を活かし、現在はフルリモート体制のもとでも、会社の方向性と戦略をしつこいほど全社員に共有し続けています。
月に一度はオフラインで全員が集まる機会も設けています。そこでは仕事の話をするのではなく、みんなで一緒に食事を作るなどして、チームの関係性を大切に育てています。
これまでに何度も大きな壁にぶつかりましたが、「もういいかな」という気持ちが全くなかったといえば嘘になります。
しかし、私を信じて残ってくれた社員がいて、私たちの可能性に投資してくださる方がいて、そして何よりサービスを愛用してくださるユーザーがいます。そうした方々の期待を裏切りたくないという強い気持ちこそが、私のモチベーションです。
また、長い目で人生を見たとき、会社の成否にかかわらず、人との繋がりを大切にしながら生きていくという私の軸は変わりません。だからこそ、ここで投げ出したという後悔を自分の中に残したくない「という思いも、前に進む力になっているといいます。
さらに、ユーザーからのフィードバックも大きな励みになっています。
私たちは定期的に、10名から20名規模のユーザーインタビューを実施していて、そこで直接届くリアルな声が、私たちの進んでいる方向性が間違っていないという確信をくれ、前進し続けるための大きな原動力になっています。
私が思い描いている未来は、個人と企業双方の健康へのアクションを記録し、正しく評価できるエコシステムを構築することです。
まず個人にとっては、アプリでの健康的な買い物の積み重ねが、自治体ポイントへの交換や保険料の優遇といった形で、自分自身に還元される仕組みを実現したいと考えています。
一方で企業にとっては、クーポン一枚がどれだけの人を動かし、どの健康領域にどれほどのインパクトをもたらしたかを可視化できるようにしたいです。それが単なる販促活動に留まらず、企業の社会的価値の向上に繋がる世界を目指しています。
また、自社サービスを育てるのと並行して、他社のアプリへ私たちの機能を組み込んでもらう形での事業拡大も推進しています。
ありがたいことに、最近ではスマートシティ関連の案件も増えており、地域の食生活データを収集して分析する基盤として、私たちの技術の活用が広がっています。
私たちが目指すゴールから見れば、まだまだやりきれていないことばかりです。サービスとしての完成度をさらに高めながら、パートナーとなってくださる企業や自治体を増やしていくことが、今の私たちの最重要課題です。

私が伝えたいメッセージは、やりたいと思っているなら、やったほうがいいというシンプルなものです。
起業に踏み切れない人の多くは、うまくいかなかった場合のリスクを想像して立ち止まってしまいます。しかし万が一会社がつぶれてしまっても、また起業するか会社員に戻ればいいだけのことです。
むしろ、起業することで得られるものの方がはるかに大きいと感じています。自分で意思決定できる醍醐味、仲間が集まってくる喜び、事業が育っていく実感を味わうことができます。
そして、起業経験そのものが今の社会で高く評価されるキャリア資産になるという現実も見逃せません。自分で事業を作り組織を作ったという経験は、将来のキャリアに確実に繋がります。
一方で、もっとしっかりしたサラリーマン経験を積んでおけばよかったという思いも正直なところ持ち合わせています。
新卒のうちに手厚い研修を受ける機会はあの時期しかありませんし、そこでビジネスの基礎を学ぶことも、長い目で見れば大きな財産になったはずです。
起業への情熱を持ちながらも、会社員としての環境で得られる学びを大切にすること、その両方の視点を持つことが大切なのだと思います。
シルタス株式会社CEO・FOUNDERであり、弘前大学COIの客員研究員。大学卒業後、特殊冷凍のベンチャーでフードテック事業に従事。食の健康の不可視性と、健康をめぐる情報発信やマーケティングが場当たり的であることに課題を感じ、ID-POSデータを活用した栄養バランス可視化システムの開発を開始。2016年にシルタスを創業し、2019年に栄養管理アプリ「SIRU+」をリリース。創業当初より総務省や経産省などの実証事業に参画し、直近では津山市スマートシティや会津若松スマートシティにも参画している。
|
法人名 |
シルタス株式会社 |
|
HP |
|
|
設立 |
2016年11月 |
|
事業内容 |
ヘルスケアサービスのシステム開発 ヘルスケアマーケティング |
関連記事
関連記事