株式会社笑農和 代表取締役 下村豪徳

担い手不足や生産性低下といった日本農業の構造課題を、テクノロジーの力で根本から変革することを目指す株式会社笑農和。農家に生まれ、IT業界を経て起業に至った下村豪徳代表に、事業にかける思いや農業の未来について伺いました。

 

水田管理の常識を変える

事業の内容をお聞かせください

現在取り組んでいるのが、お米作りに欠かせない「水管理」を効率化する事業です。

 

水田の水管理は、田植え後から収穫直前までの4〜5カ月間、稲の生育に合わせて水を入れたり抜いたりする重要な工程ですが、非常にアナログな作業です。板を外して水を流し、適量になったら再び板をはめたり、鉄製やステンレス製のバルブを手で操作したりと、現地に必ず足を運ぶ必要がありました。

 

一方、近年は離農者が増え、一人の農家が管理する田んぼの数は増え続けています。さらに温暖化の影響で水温が上がりやすく、稲が冷たい水を必要とするタイミングで十分な対応ができないケースも多く、収穫量や品質が下がって売り上げの減少につながる悪循環が起きていました。

 

そこで弊社では、IoT技術を活用し、スマートフォンなどから遠隔で水管理ができるサービス「paditch(パディッチ)」を開発しました。センサーで計測した水田の水位や水温データを、スマートフォンやタブレット、パソコンでリアルタイムに確認できるもので、田植えが始まるゴールデンウィーク頃から収穫直前まで活用していただけます。

 

全国で導入が進んでおり、北海道から九州まで、約2千台弱が稼働しています。最近では東南アジアでも実証実験を始めました。

 

利用者の方からは周りの農家と比べて、毎年7〜10%ほど収穫量が増えた、田んぼに行く数は減っても収穫数は増えたといったうれしいお声もいただきました。

 

競合はありますが、弊社の強みは農家に寄り添った設計にあります。万が一、バッテリーや通信に異常が起きても、現場で手動操作ができるため、農作業を止めない仕組みを整えました。また、無線型のセンサーを採用しているため、利用者自身の経験や勘に基づき、データを取りたい場所に自由に設置できる点も評価されています。

 

田んぼの構造が複雑な場合は地元の土木会社に施工を依頼するケースもありますが、依頼から設置までスムーズに進む体制を整えています。こうした柔軟性が、収穫量や品質の向上につながっていると考えています。

 

事業を始めた経緯をお伺いできますか?

私は富山県の農家に生まれ、幼い頃から米作りに関わってきました。ただ、米作りにまつわるさまざまな出来事や大変さを間近で見てきたこともあり、当時はあまり農業を好きになれませんでした。就職の際は、農業から離れたい一心でIT業界に進み、実家の農業は弟が継ぎました。

 

一度は別の道を歩みましたが、弟が農業に奮闘する姿を見続ける中で、次第に心境が変化していきました。周囲の高齢農家が次々と離農する中、その分の田んぼを弟が引き受け、一人が管理する面積は年々増すばかりでした。

 

富山県は全国でも有数の米どころですが、このままでは米作りを担う人がいなくなってしまうのではないかというような強い危機感を抱きました。

 

次第に業界を抜本的に変えなければ、この流れは止められないと思うようになりました。これまで培ってきたITの技術を農業に生かし、農業のあり方そのものを変える仕組みを作るため、起業を決意しました。

 

 

時代と共に変化する

仕事におけるこだわりを教えてください。

誰もやっていない「0から1」のことに挑戦し続ける姿勢です。これは会社の風土として、創業当初から一切揺るがない軸だと思っています。もし二つの選択肢で迷ったときがあれば、あえて大変な道を選ぶという考えも、私たちの仕事のスタンスの一つです。

 

農家の方の想像を超える一歩先を行く新しい世界を提示する姿勢も、大切にしています。

 

売上を上げたい、販路を広げたいなどの悩みを抱える農家は少なくありませんが、本当に向き合うべき課題は、もっと深いところにあると感じています。ただ、そうした課題は会話の中ではなかなか表に出てきませんし、農家の方自身もまだ言葉にできていないケースも多いでしょう。

 

だからこそ、たとえ今は必要とされていなくても、作りたい農業の世界を明確に示し、新しい仕組みとして形にして提供していくことが重要だと考えています。

 

そうすることで、声としては表れにくい本質的な課題にたどり着き、結果として農業の未来を支えることにつながると考えています。

 

起業から今までの最大の壁を教えてください

最大の壁は、代々農家を担っている方々に納得してもらうことでした。

 

今から8年ほど前、アグリテックが成長産業として注目され、シンクタンクや統計では期待が語られる一方、現場の意識はまったく違っていました。

 

リモート水管理の試作機を持っていくと、ある農家さんから農家の仕事を奪うつもりかと怒鳴られたこともあります。田んぼに毎日足を運ぶことが農家の仕事と考える方にとって、私たちのサービスは、自身の存在意義を脅かすものに映ってしまったのだと思います。

 

農業では、前年と同じやり方を続けることが、最もリスクが低いと考えられがちです。新しいことに挑戦して失敗すれば、1年分の収益を失う可能性があるからです。

 

創業当初は、導入効果を実感した農家の声を発信することや、勉強会を開くなど啓発活動に注力し、製品開発からローンチまでは約2年半を要しました。

 

今でも慎重な考えを示す方は一定数いますが、農家も徐々に世代交代が起きています。次の世代はどう生産性を上げるかとの視点で考えるため、提案もしやすくなりました。

 

しかし、かつて否定的であった方々も、我々の製品に賛同してくださるようになり、時代は大きく変わったと感じています。

 

 

水田と生きる祖父の姿が原点に

進み続けるモチベーションは何でしょうか?

農家に生まれ、IT業界に進み、水管理の分野にたどり着きました。これまでの経験が一本の線でつながっており、「この事業は自分でなければやりきれない」との思いがあります。

 

農家に生まれながら家業を継がず、別の業界に進んだ人は、私の周りにも少なからずいます。農業が嫌で離れたとしても、心のどこかで何とかしなければならないとの葛藤を抱えている人は多いですし、私もその一人でした。

 

そんな中で、進む道を決定づける出来事がありました。ある時、祖父が倒れ、半身不随になりました。実家に帰ると、自宅療養しているはずの祖父がいません。田んぼに出て、左半身しか動かない体で鎌を持ち、草を刈っていたのです。

 

旅立つ直前まで田んぼに立ち続けていた姿は、今も強く心に残っています。来年はもっといい米を作りたいと毎年話していた祖父の姿を思い出したとき、農業を変える挑戦を続けていくことこそが、自分の役割なのだと感じました。

 

今後やりたいことや展望をお聞かせください 

今後は、都市と地方でも距離を越えて農業に関われる仕組みを広げたいと考えています。

 

すでに、東京にいながら富山の田んぼを管理できる環境は整いつつあり、リモートで農業に携わることが可能になってきました。

 

担い手が減少する中、農業法人が地域や国境を越えて農地を分散保有し、遠隔でマネジメントする動きも進んでいくと思います。そのため、場所に縛られない農業を当たり前にすることが目標です。

 

今後は、志を同じくする企業との協業も欠かせません。例えば、近年深刻化しているクマ被害です。生産性を高めても、野生動物に食べられてしまっては意味がなく、ここにもテクノロジーの力が必要だと感じています。また、収穫や耕起を担うロボットが実用化されれば、生産性はさらに高まるはずです。

 

ロボットメーカーなど、これまで農業と距離のあった企業が参入することで、業界はより面白くなる。そうした人材や企業を農業の世界に巻き込みながら、お米づくりに関わるすべての工程をアップデートし、スマート農業としてパッケージ化したいと考えています。

 

 

自分自身を信じる

起業しようとしている方へのアドバイスをお願いします

一度きりの人生ですから、やりたいことがあるなら迷わず挑戦してほしいと思います。特に、社会にインパクトを与える「0から1」の挑戦に取り組む起業家が、もっと増えてほしいです。

 

農業に関心があり、志を共有できる方とは、ぜひ協業したいと考えています。働き方や雇用形態に縛られず、副業(複業)やインターン、プロジェクト単位など、さまざまな関わり方を歓迎しています。関心があれば、気軽に声をかけてもらえたらうれしいです。

 

本日は貴重なお話をありがとうございました!

起業家データ:下村 豪徳 

農家の長男として生まれながらIT企業に就職。「ITを取り入れることで、自然環境が相手の農業でも、効率化がのぞめる」という可能性に気づき、水田の水位と水温を測定し、遠隔操作で水門を自動開閉できるスマート水田サービス「paditch」を開発。農業を通じて笑顔の人の和を創り、社会に貢献する」をモットーに、農業コンサル事業を展開中。

 

企業情報

法人名

株式会社 笑農和

HP

https://enowa.jp/

設立

2013年2月

事業内容

  • 農業×IoT開発事業
  • 農業コンサルティング事業
  • 農産物販売

 

送る 送る

関連記事