株式会社Medii 代表取締役医師 山田 裕揮

医療の世界は日々進歩する一方で、現場の医師が全ての情報を把握することは不可能に近い状態となっています。株式会社Mediiは、医師が専門領域に長けたエキスパートに無料で相談できるオンライン専門医相談サービスと、臨床現場の暗黙知を反映したAIを通じて、必要な医療が必要な患者に届く仕組みづくりをしています。今回は、代表取締役医師である山田裕揮氏に、仕事のこだわりや進み続けるモチベーションの源泉について伺いました。

誰も取り残さない医療を実現するために

事業の内容をお聞かせください。

私たちは「誰も取り残さない医療を」というミッションを掲げ、医療課題の解消に取り組んでいます。 

 

背景には、医療が大きく変わってきたという構造的な変化があります。これまで治療薬がなかった希少疾患や、複雑で治しにくいがんなど、人類にとってのラストフロンティアとも言える領域に、製薬企業が次々と新しい薬を投入する時代になりました。

 

ところが、承認される新薬が増える一方で、希少疾患・難病など専門性の高い領域では、最新の治療選択肢が担当医に十分届いていないケースがあります。

 

新薬を使いこなすことはたとえ医師であっても難しく、分かりやすく例えると、従来の薬が乗用車だとすれば、新しい薬はレーシングカーのようなものです。

 

運転免許ならぬ医師免許を持っていても、特殊で扱いが難しいため、安心して使いこなすことができません。「こういう薬があります」と伝えるだけでは不十分で、本来は経験豊富なレーサーあるいはその疾患のエキスパート医師が隣でサポートするような仕組みが必要です。  

 

そこで私たちは、医師が最新の知見を診断・治療に活かし、安心して患者さんに届けられるよう、二つの医師向けプロダクトを提供することでサポートしています。

 

一つ目は、創業当初からの主力プロダクトである「Medii Eコンサル」です。医師同士が相談し合う文化はもともと存在していましたが、一人の医師が全ての疾患領域のエキスパートに相談できる関係性を築くのは容易ではありません。

 

例えば、希少疾患は7,000〜8,000種類あると言われていますが、その中の1分野に対応できる専門医は全国に数名しかいないというケースも珍しくないのです。

 

Medii Eコンサルでは、診断や治療方針に悩む医師が、オンライン上で専門医に相談することができます。すぐに頼れる専門医の知人がいない場合でも、その領域のトップエキスパートとディスカッションしながら診断や治療を進めることができるのです。

 

ほんの数人しかいないトップエキスパートの知見を、全国の医師に共有しながら、その先にいる患者さんにとっての最適な選択肢を模索できる仕組みです。

 

二つ目は医師の疑問解消をサポートするAI「Medii Q」です。

 

医療という命に関わる領域であるため、参照元は医学論文や診療ガイドラインなどの信頼性の高い情報に絞り、さらに参照元のリンクを併記することで根拠をすぐに確認できるようにしています。また、AIだけでは疑問が解消されない場合には、そのまま「Medii Eコンサル」を通じて専門医へ相談することもできます。

 

開発において私たちが重視しているのは、速さだけではなく、確からしさがあり、信頼でき、論理的に課題解決につながることです。そのために、プロンプト設計やユーザー体験の向上に継続的に取り組んでいます。

 

事業を始めた経緯をお伺いできますか。

私にはもともと起業したいという欲求がなく、今もそこにこだわりがあるわけではありません。起業や事業という形態はあくまで手段です。自分が目指す世界を実現するために何が最適かを考えた結果、もっともスピードが速く、実現可能性が高い選択肢が起業だったというだけです。 

 

私の人生の問いは、「如何に社会に大きなインパクトを残して死ねるか」ということです。臨床医として目の前の患者さんを救うことは非常に尊く、私自身もやりがいを感じていますので、臨床医としての活動はメインではないものの継続しています。

 

しかし、社会へのインパクトの大きさという軸で考えると、私よりも優秀な先生や医療従事者は全国にたくさんいますし、私が医師として診療できる患者数にはどうしても限界があります。

 

一方で、時代の変化と共に多くの医師や患者さんが直面している構造的な課題を解決できれば、その影響ははるかに広範囲に及びます。例えば、医療の進歩と現場のあいだに生まれる格差は、個人の努力の限界を超えて今後ますます大きくなっていくと考えています。

 

ここを解決できれば、新しい治療の選択肢が、必要とする患者さんのもとにしっかり届くようになります。私が取り組みたいのは、まさにそうした社会課題自体を良くする、治療することです。

 

ただ、このような大きな課題は一人では解決できません。仲間も資金も必要です。多くの人を巻き込みながら挑戦を前進させる仕組みとして考えたとき、投資家から資金を調達し、事業を成長させていくスタートアップという形が最も合理的でした。

 

また、私が医療という領域に強い思いを持つ背景には、自身が難病の当事者だった経験があります。幼い頃から入退院を繰り返す中で、多くの医療従事者に支えられ、医療の価値や可能性を身をもって実感してきました。その経験が、医療分野で社会に貢献したいという思いの原点になっています。 

向きを揃え、信じて任せる。ベクトル理論というチームづくり

仕事におけるこだわりや譲れない軸を教えてください。

大きな挑戦は、一人では決して成し遂げられません。だからこそ、私は良いチームをつくることが経営の最も重要な仕事だと考えています。

 

私が「ベクトル理論」と呼んでいる考え方があります。ベクトルには「向き」と「大きさ」という二つの要素があり、まず重要なのは、メンバー全員の向きが揃うことです。どれだけ優秀な人材が集まっていても、それぞれが異なる方向を向いていては組織としての力は発揮できません。そのため、価値観や目指す方向性を共有し、行動指針を明確にすることを大切にしています。

 

そのうえで、一人ひとりの力、つまりベクトルの大きさを伸ばしていきます。組織づくりは再現性を持って取り組める部分もありますが、人が関わる以上とても複雑で終わりのない挑戦でもあります。

 

また、組織を成長させるうえで欠かせないのが、自分より優秀な人に権限を委譲することです。信頼して任せ、必要以上に口を出さないことは多くの創業者にとって簡単ではないと思います。

 

一方で、経営者として求められる水準に達していないと判断した場合には、適切に介入することも必要です。任せることと介入することのバランスを取り続けることは今でも私自身の大きなテーマです。

起業から今までで、最大の壁は何でしたか。

これまで数多くの壁に直面してきましたが、もっとも印象に残っているのは組織の崩壊です。2020年に創業し、2022年の初めには初期メンバーがほぼ全員いなくなってしまい、まさにゼロからの再出発でした。 

 

原因は、まさに先ほどのベクトル理論に沿えていなかったことです。メンバーそれぞれの向きが揃っておらず、組織として同じ方向を目指せていませんでした。バリュー自体は言語化していたものの、日々の意思決定や行動にまで落とし込めておらず、有機的に機能していなかったのです。 これは私自身の責任だと認識しています。

 

再出発にあたって意識したのは、自分自身と向き合い、変えられることに集中することでした。「人と過去は変えられない」という言葉がありますが、まさにその通りだと思っています。過去を嘆くのではなく、自分の行動や組織のつくり方を見直し、価値観や目指す方向性を共有できる仲間を集めることに力を注ぎました。

 

その結果、少しずつ新しいメンバーが加わり、組織も再び前に進み始めました。あの経験は非常に苦しいものでしたが、組織づくりの本質を学ぶ大きな転機だったと感じています。

 

挫折を薪に変えて、止まらずに進み続ける

進み続けるモチベーションは何でしょうか。

おそらく原動力になっているのは、私が「薪理論」と呼んでいる考え方です。 

 

私には、幼少期からの挫折やコンプレックスがあります。親に捨てられた経験や、難病によって思い描いていた医師像を諦めざるを得なかったことなどです。自分の中にある芯とも言えるような大きな木が根こそぎ倒れたような感覚でした。そうした出来事は、人によっては心の傷として残り続けるものかもしれません。

 

しかし私は、それらを単なる不幸な経験として終わらせるのではなく、自分を前に進ませるエネルギーに変えてきました。悔しさや喪失感を抱えたままにするのではなく、倒れた木を乾いてできた良質な薪と捉え、それを燃料にして燃やし続けているのです。

 

起業家には、熱量の根底に幼少期の挫折を抱えている人が多いように感じます。イーロンマスク氏が南アフリカで受けたいじめや親からの心理的虐待、孫正義氏が在日韓国人であることから差別や壮絶な経験をされていたこともその一例です。私の場合も、その挫折こそが今の原動力になっています。だからこそ、止まらずに進み続けられるのだと思います。

 

今後やりたいことや展望についてお聞かせください。

産業革命によって、手で織物を作っていた人が機械の整備士へと役割を変えたように、AIによって人の仕事は大きく変わっていくと考えています。近い将来、「昔は人が車を運転していたらしい」と驚かれる時代が来るでしょう。そして、それは医療も例外ではありません。 

 

私は、これからの医師に求められる役割は大きく二つになると考えています。一つは、リスクとベネフィットを踏まえながら、「この診断と治療が最適である」と判断し、その責任を引き受けることです。もう一つは、患者さんとの信頼関係を築くことです。人が心を持つ限り、この役割はAIには代替できません。 

 

つまり、これからの医師は「臨床の意思決定コーディネーター」になっていくと思っています。どの治療方針を選ぶのか、その選択の根拠と責任をどう担保するのか。そうした判断を責任を持って行いながら、患者さんに安心を届けていくという価値はこれからも残り続けるはずです。

 

一方で、診断や治療に必要な情報検索・収集・整理といった業務の一部はAIが支援するようになるでしょう。医師ごとの知識や経験の差によって生じる格差は小さくなり、より多くの患者さんが適切な医療へアクセスできるようになるはずです。3時間待って診療は3分と言われてしまうような状況を減らし、医師が本来注力すべき意思決定や信頼関係の構築に時間を使える世界を実現したいと考えています。

 

しかし、そのための仕組みはまだ十分に存在していません。だからこそ、私たちは自らつくりにいきます。現在提供しているサービスは、AIに相談するか、専門医に相談するかという一部分を担っているに過ぎません。私たちの目指す姿は、「誰も取り残さない医療」を実現するためのインフラになることです。

 

診断がつかずに苦しんでいたり、自分に合う治療法に出会えていない患者さんが、適切な医療を受けられる仕組みを構造的につくっていきます。そのために不足しているピースを一つずつ埋めながら、医療のあり方そのものを変えていきたいと考えています。

 

なぜ、何をして生きるのか。その問いに帰着する

起業しようとしている方へ、アドバイスをお願いします。

私からお伝えしたいのは、「自分はなぜ生きるのか」「何を成し遂げたいのか」という問いに向き合ってほしいということです。 すべては、この問いに帰着すると思っています。

 

起業を志す人の中には、SNSなどを通じて他人の価値観や欲求に影響を受けているケースも少なくありません。たとえば、FIREを実現して理想の生活を手に入れたとしても、その先で目的を見失ってしまう人もいます。大切なのは、起業という手段に飛びつくことではなく、自分自身の中にある本質的な問いを見つけることだと思います。

 

とはいえ、その問いに一人で向き合うのは簡単ではありません。誰かと対話をしたり、コーチングを受けたりしながら、自分自身を深く見つめる機会を持つことも有効だと思います。

 

先ほども触れたように、これからの時代、能力はコモディティ化していきます。かつて専門性として価値があった知識やスキルも、AIによって誰もが活用できるようになっていくでしょう。

 

そうした時代に最後まで残るのは、責任を伴う意思決定と、人との信頼関係です。だからこそ、自分はどのような意思決定をする人間でありたいのか、どのような人たちと信頼関係を築いていきたいのか。この二つの問いを軸に、自分なりの人生の目的を考えてみてほしいと思います。

 

その結果として、起業が最適な手段だと感じるのであれば、それは素晴らしい選択です。変化の大きな時代だからこそ、新しい挑戦には大きな可能性があります。しかし、それもあくまで手段に過ぎません。本当に大切なのは、「なぜそれをやるのか」「何を実現したいのか」という問いに、自分自身の言葉で答えられることだと思います。

本日は貴重なお話ありがとうございました。

起業家データ:山田 裕揮

1989年生まれ、和歌山県和歌山市出身。自身も免疫系の指定難病の患者である。2014年に和歌山県立医科大学医学部を卒業後、堺市立総合医療センターで内科を中心に研修。膠原病領域の専門性を高めるため聖路加国際病院・慶應義塾大学病院に勤務し、リウマチ膠原病専門医となる。慶應義塾大学医学部医学研究科を修了し、医学博士号を取得。2020年2月、「誰も取り残さない医療を」をミッションとして株式会社Mediiを創業。

【企業情報】

法人名

株式会社Medii

HP

https://medii.jp/

設立

2020年2月20日

事業内容

  • 医師向け専門医相談サービス「Medii Eコンサル」の開発・運営
  • 医師向けAI検索サービス「Medii Q」の開発・提供
  • 製薬企業向けマーケティング支援
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